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第63話

「え?」 バトンタッチして芽を抱いた春樹が、キョトンと首を傾げる。 当然だ。 彼からすれば、意味不明な言動だろう。 いけない。 ここで止めなければ。 と頭では分かっていても、感情がついていかなくて。 蓮人は低く、掠れた声で、 「春樹さんはいつだって優しくて、良いお母さんで……なのに俺……全然駄目で……」 「おいおい、何言ってるんだよ。蓮人だって優しくて、良いパパ」 「違う!!!」 せっかくのフォローを、怒声で台無しにしてしまった。 あまりの豹変(ひょうへん)ぶりに、春樹はひたすら呆然としている。 芽も泣くのを忘れたかのように、不思議そうにこちらを見据えていた。 その透明の、無垢な瞳がまた、自分を責めているみたいで、余計に虚しさが募る。 そうだ。 俺は。 (芽に嫉妬しているんだ……) 春樹から愛情を注がれている彼が、妬ましかった。 それを認めたくなくて、目を逸らし続けていた。 でも、もうー……限界だ。 蓮人は(せき)を切ったかの如く、ずっと溜め込んでいた言葉を、一気に吐き出す。 「俺は本当は駄目な父親、旦那なんです。ずっと芽に嫉妬してました。春樹さんを独り占めされて、寂しくて堪らなくて……。デートだって、オモチャなんて買いたくなかったんです。映画に行きたくて、前売りまで用意して、凄く凄く楽しみにしてました。ランチだって、デザートのサプライズがあったはずなのに……」 「蓮、人……」 「芽のことは凄く可愛い、けれど、この寂しい気持ちも本当で、どうしようもなくて。だからきっと懐かれないんです。俺、全然最高の旦那じゃないんです。全然、春樹さんが思ってるような人間じゃない……!」 しん、と。 気味悪い静寂が、辺りを支配した。 まるでここだけが、世間から隔離(かくり)されているかのようだ。 それを切り裂いたのは、芽の泣き声だった。 「ワアアアン!ワアアア!」 不穏な空気を察してか、春樹が抱いているのに、なかなか治まらない。 蓮人と春樹はそれでも黙ったままで、終わりが見えなかった。 そこへ現れたのは。 「失礼するわね。あらあら、やっぱり芽の泣き声じゃない。ほら、おばあちゃんが来ましたよ~」 美代子だった。 芽が泣き止まないので、案じてくれたのだろう。 蓮人の異変にも感付いていたから、何かを察したのかもしれない。 春樹はやっと我に返り、 「わ、わりぃ……起こしちまったかな……」 「たまたま御手洗いで起きたのよ。気にしないで。ね、芽~?」 「んん~ひっく、ひっく」 ようやく安堵したらしく、芽は落ち着いてきた。 蓮人も少し冷静さを取り戻し、すると今度は春樹にどう弁明しよう、と内心焦り出す。 (ど、どうしよう、嫌われちゃったかも……) 横目で春樹を一瞥するも、芽をあやしているので、表情を確認出来ない。 それを見抜いた様相の美代子が、 「お二人さん。私に良い提案があるの」 場を和ませる、朗らかな声で告げた。

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