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第69話
想定外だった。
まさか春樹の方から謝ってくるなんて。
何も悪くないのに。
蓮人はしばし呆然としていたが、ハッと我に返って、その少し痩せた肢体を抱き締め、
「そんな……謝らないで下さい。俺が悪いんです。俺が未熟だから、だから」
慌てフォローするも、直ぐ様遮 られる。
「違うっ!蓮人の悩みに気付かなかった俺が悪いんだ……デートだって、全然分かってなくて……蓮人なら何でも許してくれるって……甘えてっ……!」
ひっく、ひっくと嗚咽と共に、必死に訴えかけてくる春樹が、堪らなく尊くて。
蓮人は更に腕の力を強め、彼の滑らかな額を胸元に押し付けた。
このまま溶け合って、一つになれたらいいのに。
そう願いながら。
「れ、蓮人が、このまま、帰らなかったらって……怖くて、怖くてっ……俺、俺、お前以外の人なんて、考えられねぇからっ、駄目だからっ……ううっ……」
(って、何つー可愛いことを……!!)
当人に自覚はないのだろうが、ナチュラルにとんでもない殺し文句を投げ掛けられ、ますます愛しさが募る。
嗚呼。
不安になることなんて、なかったんだ。
春樹はこんなに自分を愛してくれてる。
求めてくれてる。
(俺って本当……馬鹿だな)
蓮人は自嘲 気味の笑みを漏らし、
「駄目なのは俺の方です。春樹さん以外の人なんて、考えたくもありません」
「ば、ばか……ぜってー俺の方が駄目……」
「違います、俺の方です」
「……へへっ」
「ふふっ」
子供のような言葉の応酬 が可笑しく、何処か懐かしく。
春樹はやっと顔を上げて、笑顔を見せた。
涙に塗れても愛らしい。
蓮人は思わずその目尻に、唇を落とす。
そこへ。
「あら~もうイチャイチャしてるわ。相変わらずねぇ」
「ダァ~」
芽を抱っこした美代子が現れ、蓮人と春樹は耳まで真っ赤になった。
今でも親にこういう場面を見られるのは、何とも恥ずかしい。
しかし久しぶりに味わう体温を手離したくなく、少し体を退かせるだけに留めた。
春樹もまたーシャイなのに、珍しくーそのままの体勢で、
「い、いやっ、やっぱり久しぶりだからっ」
「たった一晩じゃないの。ま、こうなるのは分かってたわ。ねぇ、芽」
「ん~」
ふと、美代子の腕の中にいる芽と目が合って。
何故かピン、と背筋が伸びてしまう。
嫌われてないだろうか、泣かれたらどうしよう、と不安が過るが。
(いや、いいパパになるって決めたんだから、うん!)
と思い切って近付こうとしたならば。
「パァパ」
何ともキュートな、舌足らずな声が聞こえてきた。
一瞬思考が凍り付いたが、暫し間を置いて理解し、
「め、芽……今……」
「パパー」
ニコニコと、無垢な笑みでそう呼んでくれる我が子を見て、平静を保てる者がいるだろうか。
蓮人は泣きそうになるのを堪え、ゆっくりと芽の元へと向かう。
傍で見守っていた、春樹もまた朗らかな表情で、
「芽さ、やっぱ居ないのが分かるんだな。ずっと蓮人を探してたんだぞ。パパ、パパって」
「!ほ、本当ですか……?」
「おう。……芽もお前が大好きなんだよ」
その声は優しく、静かに心を揺さぶる。
蓮人はたどたどしい、でも慈愛に満ちた手つきで、美代子から芽を受け取った。
温かい、太陽の匂いがする。
そうだ、これはー。
(春樹さんと同じ匂いだ……)
蓮人はコツン、と芽の小さな額に自身のを当てて、宣誓する。
「ごめん、芽。これからは良いパパになるからね。……愛してるよ」
「んん~!」
『当たり前だろ』。
そうツッコミを入れられたみたいで、蓮人は思わず苦笑した。
春樹と美代子も目を細めている。
幸福感に溢れた、穏やかな空気がその場を包み込んでいた。
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