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第74話

幼い子供達の(にぎ)やかな声は、聞いているだけで幸せな気持ちにさせる。 春樹は小学校に設置されている小さな下駄箱や、壁に貼られた絵画、清潔(せいけつ)に保たれている金魚のいる水槽(すいそう)などを眺め、懐かしさで胸がいっぱいになった。 実はここは、自身も昔通っていたのだ。 (こうしてゆっくり見るのは久しぶりかも) 学校の行事でたびたび訪れてはいるが、なかなか探索する暇はない。 早く芽の元へ行かなくては、と思いつつも、つい郷愁(きょうしゅう)に浸っていた。 そこへ。 「何かご用でしょうか?」 少し低めの、落ち着いた声で話し掛けられ、思わずハッと目を見開いた。 そちらに視線を遣ると、眼鏡をかけた真面目そうな青年ー蓮人と同い年くらいだろうかーが立っていて。 春樹は慌て事情を説明する。 「あ!すみません、俺、二年三組の高瀬 芽の保護者で。忘れ物を届けに来たんです」 「ああ、芽くんの」 途端に青年は相好(そうごう)を崩し、安堵感を与えてくれた。 よく見れば綺麗な顔立ちをしている。 話し方も教師らしく、溌剌(はつらつ)としていて、 「申し遅れました。僕、少し前にこちらに赴任(ふにん)して来ました、臨時職員の前川 (ひじり)と言います。産休された中島先生の代理なんです」 「ああ!」 そう言えば、産休に入った先生が居ると聞いた。 (こんな若くてイケメンの先生が来たのか~ママさんから人気出そうだ) などと感心していたら、聖がじぃっと見つめてきて、少々たじろぐ。 切れ長な黒目がちの瞳に、何もかも見透かされていそうだ。 (え~顔に何かついてんのか!?それとも歯に何か詰まってる!?) つい動揺を露にすると、聖は淡々とした口調で、 「あの、失礼ですが……芽くんの保護者と言うことは、もしかして」 「ママ!!??」 それを遮ったのは。 耳に馴染んだ、愛おしい我が子のすっとんきょうな声だった。

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