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第75話
「あっ、芽~♡」
いつの間にか休憩時間になり、教室から出てきたらしい。
誰よりも可愛い(親バカ)我が子の登場に頬が緩むが、何故か芽は険しい表情で、
「一人で来たの?パパは?」
「お?おお、パパは仕事だから、ママ一人だよ。ほら、弁当忘れてたぞ」
「……ありがと……」
お弁当を受け取り礼を言うも、やはり様子がおかしい。
春樹は少し悄然 とした。
(そろそろ『男のママ』って、恥ずかしいのかな……)
近頃はそこまで珍しくないとは言え、『男のママ』は圧倒的に少数派だ。
芽の学年でも、他に二組くらいしか居ない。
周りのとの違いに気付き、羞恥心 が芽生えたのだろうか。
すると聖が爽やかな声色で、
「やっぱり貴方が『お母さん』だったんですね。どうりで可愛らしい方だと思いました」
「へっ!?い、いや」
蓮人以外の男性に褒められるのが久しぶり過ぎて(そもそも接する機会がない)、動揺を露にしてしまった。
にしてもただのおじさんにお世辞を言うとは、変わった先生である。
更に彼は、やけに熱い視線を注いできて。
(出産する男性って珍しいもんな~そりゃ見ちゃうか)
と愛想笑いを張り付けていたら、いきなりぐぃっと腰を押された。
驚いて振り返ると、芽のか細い腕が見えて、
「もうママ帰って!大丈夫だから!」
「えっ、あ、」
「早く!帰ってー!!」
普段聞き分けの良い、ママっ子である芽のこんな悪態 は、初めてだった。
(そんなに嫌だったのか……)
どうしようもなく胸が疼 くが、これも成長の一つなのだろう。
やり取りを見ていた聖は、いかにも教師らしく、
「こらこら、芽くん。せっかく来てくれたママに、その言い方はないんじゃないかな」
「……」
優しい口調で諭 され、しかし芽はじとっと彼を睨み付けている。
その眼差しは蓮人そっくりで、子供ながらに迫力があった。
これではこの二人の関係まで悪くなってしまう。
春樹はいたたまれなくなり、
「あ、お、俺、もう帰るんで!じゃあな、芽。勉強頑張れよっ」
まるで逃げるように去って行った。
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