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第77話

ガン、と。 頭を殴られたような衝撃を受けた。 やはり気のせいではなかったのだ。 (芽は……俺が恥ずかしい……?) 呆然とする春樹を(おもんぱか)りつつも、蓮人が優しく芽に語り掛ける。 「パパは仕事で、ちょっと難しいかもしれないんだ。ママに芽の活躍を見て欲しいんだけど……」 「!駄目!ママは来ちゃ駄目なの!」 「どうして?こんなに素敵なママなのに。芽だって大好きだろ?」 「勿論大好きだよ!で、でもっ、でもっ……とにかく、ママは来ちゃ駄目っ!!」 芽はそう叫ぶように訴え、寝室へと駆け込んでしまった。 春樹は未だショックから抜け出せず、ただ立ち尽くしている。 いや、いずれは訪れるとは思っていた。 芽が『男のママ』に嫌悪する時が。 (でも、ちょっと早すぎて……心が追い付けねぇ……) じんわりと、目頭に熱が帯びる。 すると蓮人が近付いて来て、親指でそれを(ぬぐ)ってくれた。 何もかも見透かしているような、美しいアーモンド型の瞳が、こちらを捉えて。 春樹はやっと少しだけ、気持ちが和らいだ。 「俺、ちょっと芽と話をしてきます」 「……お、俺も一緒に……」 「ここは俺に任せて下さい、ね?」 蓮人に力強く諭され、春樹は渋々受け入れる。 確かに今は距離をとった方がいいのだろう。 焦燥に駆られるが、ここはぐっと堪えた。 「分かった。よろしくな」 「はい」 逞しい蓮人の背中を見送りつつ、春樹は溜め息を吐く。 芽。 無邪気に振る舞ってはいても、心中は複雑だったに違いない。 同級生にからかわれたり、苛められたりしているのかも。 想像しただけで、胸が張り裂けそうだった。 今まで気付かなかったのが恨めしい。 (いや、考えるのが怖かったんだ。見て見ぬ振りをしちまった……) 思索(しさく)すればする程、深い暗闇の底へと潜ってしまう。 そこへ、蓮人が戻ってきた。 笑顔で『もう大丈夫です。芽、納得してくれました』と言ってくれるのを、期待していたが。 残念ながら神妙な面持ちをしている。 春樹は恐る恐る探るように、 「あの……芽は……?」 「今は落ち着いてますが、一人にしておいた方が良さそうです。あと……すみません、やっぱり参観日には俺が行きます」 「っ!」 動揺が隠せない。 蓮人をもってしても、説得は無理だったのか。 そこまで事態は深刻なのか。 またしても瞳が潤みそうになるのを、彼は慌て頬を両手で包み、弁明(べんめい)する。 「誤解しないで!芽は春樹さんのことが大好きなんです。それは絶対です。信じてあげて下さい」 「……」 そんなもの頭では理解出来ても、直ぐに飲み込める訳がない。 じっと訴えかけるかの如く、上目遣いで睨み付けると。 蓮人は少し苦笑し、心地好い穏やかな口調で、 「春樹さんを守りたいんですよ、彼は。もう一人の『男』なんです。また落ち着いたら詳しく話しますから、今は言う通りにしてやって下さい」 ……ここまで言われてはもう抗う術もなく、春樹は頷くしかなかった。 (きっと時間が解決してくれる、よな) 未だ不安が付き(まと)うも、そう自身に言い聞かせ続けた。

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