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第81話

次に春樹が目覚めた時、見慣れた天井が視界に飛び込んできた。 安堵感を覚えるクリーム色だ。 (ここは……家の寝室か……) ふと手に温もりを感じ、横目で一瞥すると。 芽が手を握りしめたまま、熟睡(じゅくすい)していた。 恐らく泣いたのであろう、目元が赤く腫れている。 どんな想いをしたのか、容易に察せられた。 「怖かったよな……ごめんな」 ゆっくりと上半身を起こし、優しく、ガラス細工を扱うような手つきで頭を撫でた。 子猫を彷彿させる、柔らかい髪の毛が心地好い。 その感触は、悪夢を忘れさせてくれる。 そこへ、 「春樹さん……!良かった、目が覚めたんですね」 「蓮人……」 蓮人が慌てた様相で駆けて来て、ぎゅっと。 芽を起こさないよう配慮(はいりょ)しつつ、こちらを抱き寄せた。 嗚呼、何て落ち着く体温だろう。 春樹はようやく肩の力が抜け、と同時に一気に恐怖が襲い掛かり、自然と涙が溢れる。 「くっ、ひっく……こ、こわ、……怖かった……」 「大丈夫、もう大丈夫ですよ」 「俺……俺……あれから……」 「安心して下さい、春樹さんは直ぐに助けられました。芽のおかげです」 「芽の……?」 思わぬ発言に首を傾げると、蓮人は感慨深そうに目を細め、 「芽は既に気付いてたんですよ。前川が貴方を狙ってること。だから学校に来るのを嫌がった」 「!そ、そうなのか……!?」 青天の霹靂(へきれき)だった。 何てことだ。 大の大人である自分は、全く分からなかったというのに。 (鈍感過ぎるだろ、俺) 呆然とする春樹の頭を、蓮人は何度も撫でさする。 「そして今日、貴方が前川と居る所を見掛けて、慌て俺に連絡してきたんです。ママが危ない!って。仕事帰りで近くに居て、本当に良かった。ドアをぶち破ったら、間一髪でした」 「……そっか……本当に……ありがとな」 「いえ。……芽は貴方が本当に大好きなんです。まぁ俺程ではないですけど」 「ははっ」 蓮人の軽口に、ようやく笑みが溢れた。 そして芽に慈愛に満ちた目線を向け、手を握り締める力を、少しだけ強める。 この小さな体で、怖かったろうに精一杯守ってくれた。 彼の深い愛情が伝わってきて、心がふんわり温かくなる。 (俺ももっともっと、愛情をかけよう。芽に負けないように) と心に決め、その愛らしい、狭い額にチュッと唇を宛がうと。 途端に顎を上げられ、驚いて目を見張る。 そこにはあからさまに嫉妬心を剥き出しにした、蓮人の表情があった。 「俺も春樹さんのこと、大大大好きですからね?」 「ふふっ!」 (ああ、俺って……めちゃくちゃ幸せ者!) 春樹はふにゃりと相好を崩し、蓮人の端整な唇に近 「ん~……あ!ママー!良かったー!!!」 ……素晴らしいタイミングで芽が起きた為、キスはお預けとなった。 二人は顔を見合せ、苦笑を漏らす。 春樹は必死に抱き付いてくる芽を抱き締めながら、 「また後で、な」 と唇だけで伝え、ウィンクをしたのだった。

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