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友一郎 ④ (上)

 開けっ放しのカーテンから、室内にたっぷりと陽光が注がれている。ゴミだらけの床。室内の中央、光の中にぶら下がる身体。床から離れて揺れる足先。  ひっ、と自分の喉が鳴る音で友一郎(ゆういちろう)は目覚めた。辺りはまだ真っ暗だ。時計を確認するまでもなく、深夜だとわかる。  大翔(ひろと)の死にざまを、友一郎は直接見たわけではない。まわりまわって伝え聞いた噂話が、なぜか脳裡(のうり)に克明な像をむすび、夜ごと夢に見るうちに、まるで現実のような確かな感触をそなえていった。  友一郎は寝返りを打ち、自らの腕を枕にして横をむいた。友一郎は長らく大翔の親友を自負していた。今となってはお笑い(ぐさ)だ。東京で、友一郎は大翔の部屋に片道三十分ほどで行ける距離に住んでいた。だが、大翔の死を彼に報せたのは、実家の祖父だった。それも仕方のないことだった。なにしろここ数年ばかり、友一郎はまともに大翔と顔を合わせていなかった。  仲たがいをしたわけでもないのに、知らず知らずのうちに、交流が途絶えていた。互いに都会での多忙な暮らしにのまれてしまっていた。いや、そんなのは言い訳だ。友一郎は寝不足で回らない頭で考えた。あいつはいつだって上手くやっている、と、親友の虚像を自分は信じ過ぎた。だから信頼されなかったのだ。大翔にとって自分は、辛いとき、悲しいときに連絡を取れるような相手ではなかったということだ。親友だなんて、思い上がりもいいところだった。    結局一睡もできないまま、朝になってしまった。重だるい身体を引きずるようにして、友一郎は一階に降りた。祖父はとっくのとうに仕事に出ていた。  いつもなら砂浜に出ているころに、彼はあり合せのもので朝食にした。砂浜に行ってもフェリーの時間には間に合いそうだったが、いつも通り(かづき)に会ってとりとめのない話を聴かされると、出かける気が(くじ)けてしまいそうだと思ったのだ。  洗面所に立ち、髭を剃る。シェービングムースを顎に塗りながら、潜はなんと言うだろうかと考えた。髭のなくなった顎を面白がるか、残念がるのか。  ある朝、砂浜で話していたとき、潜はふいに友一郎の顎に触れた。猫を撫でるときように上向けた手のひらで触って、くすくすと彼は笑った。 『なんか、触ってみたかった』  潜には長い頭髪以外に体毛がぜんぜんないので、友一郎の顎髭が彼には珍しいのかもしれない。  笑うと唇の両端がくるんと丸まる。世界中の誰もが自分の味方だと、信じて疑わないような笑顔だ。高校時代の大翔もよくそんな風に笑っていた。今となっては、それは友一郎の思い違いだったのかもしれないが。  仕事を辞めて島へ戻って初めてワイシャツの袖に腕を通し、少し迷ってから仕事用だったダークスーツのスラックスを履いて、友一郎は家を出た。  

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