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友一郎 ⑧(上)
狐につままれたような気分。友一郎は水浸しのまま、自分の席でビールをちびちびと飲んだ。友一郎と潜 が友達という関係を超越したような抱擁 をしても、
「潜くんはほんとうに、友一郎さんが好きだねー」
そう徹 が言ったきりで、誰も何も言わない。人魚と関わっているのが巡視船に知られると、漁業に差し障るのではなかったのか。巡視船も陸 までは追って来やしないからなのか。それとも他になにかあるのか。よくわからないながらも友一郎がひとつ言えたことは、気にしているのは自分自身だけということだった。
テーブルには近海で獲れた魚を使った海鮮料理が所狭しと並べられている。人々は美味しい料理に舌鼓をうち、ランタンの灯 りの下、さかんに席を移動しては話に花を咲かせる。
自分からは人に話しかけない友一郎のところにも、何人もの人たちがやってきた。彼らは口々にこの島や海の自然の素晴しさについて語り、そして「無理にとは言わないが」と前置きして、彼らの得意分野や仕事に友一郎を誘った。定置網を引く仲間にならないか、ダイビングをやってみる気はないか、野菜の収穫を手伝ってくれないか、などなど。友一郎はどれも丁重に断ったが、誰ひとりとして嫌な顔をしなかった。連絡先の交換だけは断れず、通信アプリの「ともだち」が増えていく。
ふと背後に目をやると、数人の女性たちが潜をかまっていた。種族はちがえども、女の子というのは見慣れない異種族の男を好むものなんだなと、友一郎は彼女たちと浜辺の人魚の女の子たちを重ねて思った。
「ちょっと失礼」
と声をかけられ、友一郎は向き直った。伊達 が戻ってきたのだ。彼は先ほどまで別のテーブルで何やら熱く語っていたが、今も酒気をおびた赤ら顔で上機嫌そうだった。
「潜くんの相手をするのは大変だろう?」
伊達は藪から棒に言った。だいぶ酔ってるなと友一郎は思いながら「そんなことないですよ」とこたえた。潜は自分が話題にされているのにも気づかず、女性たちと話し込んでいる。
「彼は小さい頃に自分の家族 をなくした影響で、精神が育たずにずっと子供のままでね。ワガママ言って振り回してくるでしょ?」
「その曲知ってる!」
女性のかん高い声に話がさえぎられた。伊達は話すのをやめ、友一郎も伊達につられて潜の方を見た。
「あたし弾けるから、潜、歌いなよ」
「オーケー。上手に弾いてよ」
潜は水槽を出て女性たちのあとをついていった。
「あんなに大きくなっちゃって。初めて会ったとき、彼はまだこーんなにちっちゃくて、五歳くらいだったかなぁ」
伊達は手のひらで幼い頃の潜の身長を示した。友一郎はビールのグラスを傾けながらうなずいた。
広場ではちょっとした演奏会が開かれていたが、演奏を終えた男たちを押しのけるようにして女性たちと潜が乱入し、拍手や口笛で迎えられた。女性の一人がウクレレの調弦 をし、ポロン、ポロンと爪弾 きはじめた。最初は軽快なリズムで陽気にかき鳴らし、そしてじょじょに速度を落として、明るいのにどこか哀愁のただよう調べを奏でた。潜は人々を前に上品にお辞儀をしてみせた。
「いいぞぉ、潜くんっ!」
伊達が椅子をひっくり返す勢いで立ち上り、拍手をした。
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