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友一郎 ⑧(下)

 ウクレレの調べにのせて、潜は歌いだす。 それは友一郎がカヤックを漕いでいる横でよく歌っている曲だった。普段潜はそれをふざけながら歌うので、友一郎は気にも留めていなかったが、それは秘密の恋をうたう切ないバラードだった。  人々は騒ぐのを忘れ、潜の歌声に聞き入った。辺りはすっかり日が暮れて、ランタンの灯りに照らされた庭の上には一面の星空が広がっている。潜の歌を聴いていると、まるでここは海の底のような気がして、きらめく星々は水面に散らされた沢山の花弁(はなびら)や、降り積もるプランクトンや、月夜に産み出される珊瑚の卵のように見えた。 「いやぁ、いい歌だった」  伊達がテーブルに頬杖をついて言った。辺りはざわめきを取り戻し、潜は離れた場所で女性たちと写真を撮っている。  伊達が飲み干したグラスに、友一郎はビールを注いだ。 「ああ、ありがとう。子供だ子供だと思ってたけど、潜くんもすっかり大人になっちゃったかなぁ。あんなによく歌うんじゃ」  伊達は少しビールを(すす)って一息ついてから、話を続けた。 「実は、“潜くん自分を人魚じゃなくて人間だと思い込んでる説”っていうのが僕らの中であって。さっきも言ったけど、彼はまだごく小さい頃に自分の家族(ポッド)(うしな)ってしまい、僕の父の研究チームに拾われて、水族館で育てられたんだ。それで長らく飼育員や獣医が彼の親代わりをしてたからね。おかげで彼は人懐っこくて愛想がいいから、海洋生物研究に付き合ってもらうにはちょうどいいんだけど、一般的な人魚のオスとはかけ離れたキャラクターに育っちゃって。案の定、海に放してからの行動ログを見たら、誰ともバンドを組めずに孤立していることがわかった」 「バンドって何ですか」 「少数のオスの人魚からなる群れのことだよ。血縁単位で群れるメスたちとはちがって、オスは気の合う友達どうしで群れを作るんだ。彼らの結束は強く、一生涯お互いに助け合いながら共に生きていくといわれている」  確かに、潜の人付き合いは広く浅く、伊達の言うオスの人魚像とは異なるように友一郎にも思えた。 「ずっと孤立状態で彼が大海を生き延びてこれたのは、ほとんど奇跡だ。その強運がいつまで続くとも限らないし、潜くんにはちゃんと人魚の友達を作って欲しいね。だけど彼は、オスの人魚は嫌いだとかいってなかなか。自分だってオスなのにねぇ。ところが、最近彼は君に特別に(なつ)いているだろう? それはもしかすると仲間への興味が出てきた(きざ)しなのかもしれないと、僕は見ている」  伊達は黒ぶち眼鏡のブリッジを指先でくいっと押し上げた。 「協力してくれない?」 「はい?」  伊達が至近距離まで迫ってくるので、友一郎は思わず椅子ごと一歩引いた。 「潜くんの中に目覚めたオスの人魚の本能を育てて、彼を人魚たちの輪の中に返してあげたいんだ」

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