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潜 ⑧(上)

 (かづき)は一人になった。さっきまでにぎやかに聞こえていた(とおる)くんたちの声ももう聞こえない。  波一つない平らな海面を、潜は沖へ向かって泳ぎだした。上には一面の星空があり、下にはたくさんの魚たちの眠る海があり、遠ざかる島にはたくさんの人間たちがいて、友一郎もそこにいる。なのに世界で自分だけがひとりぼっちだ、と潜は思った。  海の大きなうねりのように、気持ちは高揚したぶん下がっていく。ずっと宴会ならいいのにな、と潜は思う。しかし人間は宴会を開くのに何日も前から準備をして、(うたげ)の当日までは日々のつまらなさを我慢して我慢して我慢して過ごすことくらい、潜だって知っている。  そうやって楽しみを限界まで溜めこんでから一度に爆発させるから、よりいっそう日々がつまらなくなるんじゃないか? 潜は星空を見上げた。いつもなら綺麗だと思うのに、一緒に綺麗だと言ってくれる人がいないと楽しくない、と思いはじめている。それは良くないことのはずだ。 「おやすみだなんて」  潜はつぶやいた。オレはまだ眠りたくないよ。もっともっと友一郎と遊びたいよ。そう願うたびに、こうして一人で平らな海に浮かんでいるのが空しくなってしまう。明日のことなんか考えたって。明日がくる保証なんてありはしない。明日になったら死んでいるかもしれないのに、また会えることに期待をふくらませたら、会えなかったときに辛さが増すだけ。こんなことを考えて悲しい気分になるより、なにも考えずになにか楽しいことをした方がいい。  潜は小さい声でうたい始めた。島のみんなの前でうたった歌だ。秘密の入り江で、友一郎に会いたいと思ってうたい続けた歌だ。  水音がしたような気がして、潜は周囲を見回した。少し離れたところに、星明りを受けて金色に輝く目が六つ並んでいた。人魚だ。 「こんばんは」  三人の人魚のうち、真ん中の一人が潜に声をかけてきた。女の子だ。 「こんばんは」  潜は応えたが、少し不機嫌そうな声になってしまった。 「上手にうたうのね」  そう思うんなら最後までうたわせて欲しかったと潜は思ったが、「どうもありがとう」と言った。やっぱり声に不満がにじみ出てしまう。人魚の女の子たちはそんなことなど意に介さず、潜の周りを取り囲んだ。 「ねーえ、お兄さん。私たち、この辺のこと、まだよく知らないの。よかったら案内してくれない?」  「よかったら」と言いつつ、二人の女の子が強引に潜の手をとり、腕を絡ませてきた。腕の細さから、彼女たちは若いというよりはまだ幼いのだとわかる。リーダーらしい女の子が先頭にたって泳いでいこうとする。潜は奇妙だと思った。女の子たちが積極的に近づく相手は人間の男だけだ。人魚の男を彼女たちは好かないはずだ。 「別に、今からじゃなくてもよくない? 明日、あかるくなってから案内するよ」 「明日だなんて!」 「明日になったら気が変わっちゃうかもしれないでしょ?」 「それはそうだけど……」  思いがけず遊び相手にめぐり会うのはうれしいことのはずなのに、この子たちではちっともうれしくない。いくら可愛くてもうれしくないのだ。

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