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潜 ⑧(下)

 案内を頼まれたはずが、潜は女の子たちが目指す方へとどんどん引っ張られていく。彼女たちはちゃんと道順がわかっているのだろうか。この湾内では人間たちがあちこちに仕掛けをほどこして、魚を捕まえたりなにかを育てたりしている。外洋や遊ぶための海水浴場とは違う。危険だから近づいてはいけない場所があちこちにあるのだ。  やがて、白い棒を組んで作られた(いかだ)がいくつか浮いているのが見えてきた。それも近づいてはいけない場所のひとつだ。女の子たちは潜を連れて躊躇(ためら)いもせずに筏へと向かう。 「あれはなんなの?」 「養殖筏だよ。あの下で牡蠣(かき)を育てているんだ……って、ちょっと! ダメだよぉ。近づいたら危ないよぉ」  女の子たちが無邪気な笑い声をあげて筏に近づいていってしまうので、潜はあわてて後を追った。追えば追うほど女の子たちは筏のあいだを逃げまわる。逃げながら筏の下の牡蠣にいたずらをしようとする。潜はけんめいに女の子たちを止めようとした。 「わっ」  ふいに、クンッと後ろ髪が引っ張られ、首がのけぞった。そこそこの速さで泳いでいたので、首がもげるかと思うほどだ。ぐいっ、ぐいっと数度後ろに引かれたところで、頭を何か硬いものにぶつけた。 「あはは、バーカ!」 「バーカ!」  二人の女の子が潜を指さして笑った。そして背後からもう一人の女の子が潜の前にまわり込んできて、意地悪そうな顔で笑った。 「のこのこ着いてきちゃってさ。まさか不細工の分際で、あたしたちが相手をするとでも思ったの?」 「思ってなーい! 君たちが(オレ)を好かないのは知ってるよぉ。ただ、危ないところに近づこうとしてたから、注意しただけだよぉ」 「ふん、大きなお世話。あたしたちのことより、自分の心配をしてなさい」  女の子たちはリーダーの言葉にどっと笑った。そして潜を置いてさっさといなくなってしまった。  潜はしばらくあがいてみたが、髪が筏の下辺りにきつく絡まってしまったようで、身動きが取れなくなった。 「どうしよう」  宴会でたらふくお刺身を食べてリンゴジュースも飲ませてもらったから、すぐには飢えないにしても、ここにずっといたらいずれ死んでしまう。こんなときに限って、漁師たちは休漁日だ。漁船が通りかかって助けてくれることは期待できないかもしれない。巡視船は、ただ通りすぎるだけだ。 「助けてー! だれかぁ、だれか来てー!」  叫んでいるうちに夜が明けてしまった。頭が完全に固定されてしまっていて、顔を水に浸けることができない。手で水をすくって顔にぱしゃぱしゃとかけるが、容赦なく照りつける夏の日差しには(かな)わず、肌がチリチリしてくる。案の定、漁船はひとつも通りかからない。  途方にくれていると、遠くの海面にすぅっと三角形のヒレのようなものが浮上してきた。イルカだろうか? まぶしい中、目を凝らしてみれば、それは平べったい頭と尖った鼻先を海面につきだした。サメだ。しかもかなり大きいようだ。

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