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友一郎 ⑨(上)

 海開き直前の砂浜。今日も波は穏やかで、遠浅の浜辺のそこかしこで子供人魚や若いメスの人魚達が飛沫(しぶき)をあげて遊んでいる。  空には雲ひとつなく、水平線上に隣の島がよく見える。ときどき若いメスの人魚が友一郎(ゆういちろう)にちょっかいをかけにやってくるが、彼が隣の島の方を見たまま何も反応しないでいると、つまらなくなったのかふいっと去っていった。  友一郎は浜辺に立ち(かづき)が来るのを待ちながら、昨夜伊達(だて)から言われたことについて考えていた。  長らく潜は精神的な成長がなく、大人のオス人魚の入るべき群れ(バンド)に入れないでいた。ところが、どうやら人間の男である友一郎と交流したのをきっかけに、潜の心は急速に成長し始め、(オス)に興味関心を持ち始めたらしい。というのが伊達の見立てだった。伊達は、このまま潜を友一郎と係わらせ続けることによって、彼の心の成長を促し、成熟したオス人魚に仕立て上げようと目論(もくろ)んでいる。  だが……。と友一郎は考えた。  見たところ、潜は俺を同性同士の「仲間」だと認識しているのではないようだ。これは俺の(おご)りなのかもしれないが、潜は俺を性的な対象、交尾の相手だと思っている。  彼はほとんど確信していた。波打ち際で一緒に遊んだとき、二人は砂に足をとられて(もつ)れ合うようにして転がった。そのときの潜の視線、反応はどう考えても友一郎の体を欲しがってのものだった。そして自分だって、あの時邪魔が入らなければ、潜に何をしようとしたか……。  そんなこと、伊達に話せるはずもない。伊達の言う通りに潜と付き合い続けたところで、潜は伊達の思惑どおりには育たない。もしかすると、いっそう友一郎(にんげん)に執着して、潜は二度と人魚の世界には戻らないかもしれない。  だとすれば、自分はどうすべきなのだろうか。潜のためを思えば、伊達に訳をすべて話して彼の判断に従い、潜とは金輪際会わないなりなんなりすべきだろう。  なのに、俺は潜を手離したくないと思っている。それは、潜の面差(おもざ)しが大翔(あいつ)に似ているから。それ以上になにかあるのか?  伊達の言う通り、自分の存在が潜の成長にプラスになる可能性があるじゃないか。そう、醜い言い訳、自問自答を友一郎は延々と繰り返した。 「変だな……」  もうだいぶ日が高くなってきた。浜にはたくさんの人魚がいるのに、(かづき)だけがいない。昨夜(ゆうべ)、また明日会おうと約束した。潜は友一郎を秘密の場所に案内すると言った。だから友一郎は、てっきり潜は夜明けからここで友一郎を待ちかまえているかと思った。いつもの時間に出てきても「おそい!」と怒られるものとばかり思っていた。

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