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友一郎 ⑨(下)

 なにかあったのだろうか? 昨夜、(かづき)は刺身をよくつまんで、リンゴジュースもひとに()いでもらうがままに飲んでいたから、腹痛(はらいた)でもおこして、どこかで苦しんでいるのではないか。  それとも単に、はしゃぎ疲れて寝過ごしているのだろうか。そうであって欲しいと思いながら、友一郎は待ち続けた。  足もとの砂が陽光にじりじりと焼かれる。友一郎は頭からタオルをかぶり、麦茶を飲んだ。そろそろ日陰に入らないと熱中症になってしまいそうだ。  あきらめて午後にまた出直そうと、友一郎は荷物とカヤックを持ち上げた。そしてもと来た道へ戻ろうとしてふり返ったとき、森の方から伊達(だて)が歩いてくるのが見えた。彼は朝早く、昨夜の酒が残っている様子もなくここに来て、いつも通りに人魚たちの健康観察をこなし、帰ったはずだった。  伊達はタブレット端末の画面を見ながら歩いているので、ときどき、砂地に(まば)らに生えているハマナスに足をとられてつんのめりそうになっていた。そして、よろよろと左右に蛇行しながら、友一郎のもとへたどり着いた。 「おっかしいんだよー」  友一郎のもとに着くなり、伊達は言った。 「潜くん、少なくとも今朝からずーっと、この一点に留まって、動かないんだよね」  タブレットの画面は一面青く、その真ん中に白で縁取られた赤い丸が表示されている。丸の下に「(kazuki)」とあった。 「ここ、何かあるのかね?」 「さぁ……」  伊達の指が画面を操作して、より広範囲の画像が示された。この島の一部が左下隅にある。潜は島から少し離れた沖にいるようだが、潜のいる場所は青一色。小島や岩があるようでもない。 「“さぁ”って」  (いぶか)しげに見られて、友一郎はいたたまれなくなった。 「俺、ここら辺のこと、詳しくないんです」 「えーっ。だって君、この島の出身なんでしょう!?」 「すいません。(とおる)君に聞いた方がいいです」 「しょうがないなぁ、もう」  伊達は頭をかきながら言った。どうやら彼は、友一郎のことを友一郎自身が思う以上にあてにしていたようだ。伊達は友一郎にタブレットを預けると、ポケットからスマホを取り出した。と同時にスマホは着信を知らせる音楽を奏でた。 「はい伊達です。……え、何だって? もう一度言って!」  みるみる伊達の顔色が青ざめていく。彼は言葉少なに通話相手の話をしばらく聴き、 「了解した。ちょっと考えさせてくれ。折り返し電話する」  と最後に言って通話を切り、色の()せた顔を友一郎に向けた。 「半島沖で人魚のものと思われる片腕が発見された。網にかかったのを漁師が引き揚げたんだ」

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