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友一郎 ⑫
「この間の続……っ!?」
潜 は友一郎 の腰に脚を回したままぐんっと上体を起こし、友一郎にとびついた。あれよあれよという間に友一郎はベッドに押し倒されてしまった。
「この間」と同じように潜の脚が友一郎の腰を抱え込み、引寄せた。服ごしに潜の股間がごりごりと押し付けられる。友一郎のそこはすでに充血し張りつめていて、与えられた刺激に反応してびくんと震えた。上半身は背中に回された両腕に拘束されている。互いの胸から腹、下腹部までもがぴったりくっつき合う。それでも満足できないと言いたげに、潜は胸や下腹 をぶつけてくる。
ほおずりする潜の、生温かい吐息が友一郎の耳たぶをくすぐる。
「友一郎もオレをぎゅってして」
甘えかかる潜の背後で友一郎の手は従いあぐねてさ迷っている。
つと潜は顔を少し離して、友一郎をうっとりとした表情で見つめた。そして目を閉じ、鼻筋を友一郎の鼻筋にこすりつけた。
体をくねらせ、ぶつけたりこすりつけたりする以上のことを、潜はしてこない。ただ体を添わせるだけで満足なのかもしれない。キュゥ、クィ、ピュウとごきげんそうな声を上げて絡みついてくるさまは無邪気で、友一郎は潜の肌の質感や心地よい重みに欲望をかきたてられ猛 る自分に後ろ暗さを感じる。
きっとこの行為の意味するものは、人と人魚とでは違うのだろう。人間の基準で勝手な解釈をしてはいけない。自分の望みとおなじものを潜も持っていると思ってはいけない。そう念じるのに、体は勝手に己の欲望のままに動こうとする。潜の肩に肩を押し当て体重をかけ、潜を仰向かせようと試みる。
潜はきょとんとしてまぶたを瞬 かせた。イノセントな表情をうかべた、大翔 によく似たかんばせ。それが蕩 けるように綻 びる。大翔は友一郎の想像の中でだけ、そんな笑顔を向けた。友一郎の体の下で、生まれたままの姿で、頬を上気させて。
「潜……」
「なに?」
「すまん、理性がとびそうだ」
友一郎は潜の首すじに顔をうずめ、一度だけ肌をチュッと吸った。クキュゥ! と潜が悲鳴のような声をあげた。
両手を潜の顔の横に突っ張って見下ろせば、潜は不安げに眉間にしわを寄せていた。やはり、潜はこの後に何が起きるかは知らなくて、自分が相手の劣情を煽 っているという意識もないのだろう。額や髪をそっと撫でてやる。もみ合っているうちに、潜の肌はかさかさに乾いていた。
「すぐ戻ってくる。お前はプールに戻りな」
じっと目を見つめて諭し、友一郎はプール室を出た。
彼はトイレに駆け込み、果たせなかった欲望でまがまがしく膨らんだものを、下着の中からつかみ出した。乱暴にしごきながら想像するのは遠い夜のことで、自分に背を向けて眠る大翔の、パジャマを着た背中だ。肩をつかんで仰向かせ、のしかかる。上掛けを取り払い、ズボンを引き下ろして脚を開かせ、無理やりに犯す。眠れない夜はそんな想像ばかりして、自分を慰 めてきた。何度も繰り返し同じことを想像するから、脳内にそれ専用の回路が出来上がってしまったかもしれない。まるで現実に起きたことであるかのような、鮮明な映像だ。
ゴミ溜めのような部屋で独りきり、ひっそりと死を選んだ親友を、夢想のなかで何度も何度もおもちゃにして、自分は最低だと思いながらも、やめることができない。しかも何も知らない潜を汚さないための、代替 えのように扱うなど……。
プール室に入ると、伊達がいた。朝の業務を終えて砂浜から帰ってきたのだ。潜は水の中に戻っていて、伊達となにやら楽しそうに話していた。
「やぁ、ご苦労様」
伊達 は友一郎に気づくと片手を上げて言った。そして、友一郎の頭のてっぺんから爪先までみて、腹を抱えて笑った。
「これはまた派手にやられたねぇ」
そう言われて友一郎ははじめて気づいたが、Tシャツのあちこちに潜の垢がこびりついて、青黒い模様ができていた。
「だってオレ、なんか友一郎とこすり合いっこしたくなっちゃったんだよ」
潜はプールの縁に肘をついて、悪びれもせずに言った。
伊達の研究室で、友一郎は彼とともに垢すりの様子を録画した映像を見た。客観的にみれば、垢すり中に悪ふざけを始めた潜に友一郎が捕まって、悪戦苦闘の末に潜の手から逃げ出したという、間抜けな動画だ。
手を顎に当てて画面を見ていた伊達は、くっくっとおかしそうに笑った。
「これはラビングっていって、仲のいい者同士で体を撫でたり撫でられに行ったり、互いにこすりつけ合ったりするんだ。順調に人魚らしい行動が引き出せているんじゃないかな」
だとしても、と友一郎は思う。自分は潜のトレーニング相手としてはふさわしくないだろう、と。潜が何の悪気もなく人魚の本能としておこなう行動に、友一郎は勝手に人間目線で意味付けをして、独りよがりな欲望を押し付けようとしてしまった。
潜は人魚の価値観でもって友一郎を「友だち」だと思っているが、自分はそういう風に潜を見られない、ということは伊達に今すぐ白状すべきだった。だが、そうすれば自分は潜と引き離されてしまうだろうと思うと、言い出せなかった。
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