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潜 ⑭(下)

「これの美しい肌色と模様を見ろ。臆病者でも、明らかに私と同じ、純血の海神(トリトン)だ。臆病だろうがなんだろうが、これ一人でここにのびてる半端者十人ぶんくらいの価値はある」  と、(あまね)(かづき)の正面に片膝をついた。 「ちょっと力比べをしようと絡んできただけの同胞を、殺す気で殴る馬鹿。お前、名前は?」  潜は口をつぐんだが、数回頬を平手打ちされ、しぶしぶ名乗った。 「カヅキ。水に(もぐ)るという字で(かづき)」 「水に潜るなど、誰でもやることではないか。ずいぶんつまらない名をつけられたものだ。さては、名付けたのは母親だな」  潜が答えないでいると、周はもう一往復、潜の頬をぶった。それでも潜は何も言わなかった。なぜなら自分の名を誰がつけたかなんて記憶にないので、答えようがないからだ。 「まあいい。躾もなっていないし、おおかた母親っ子で父親の群れに入らず、メスばかりの群れの中で、いい歳まで甘やかされて育ったんだろう。どうせ独り身だな?」  真一文字に口を結ぶ潜の頬を、周はまた叩いて言った。 「(つがい)はいるのかと聞いている」  潜はおずおずと言った。 「つがいって何?」 「いないのだな。では今この時から、お前は私の番だ。お前、運がいいな。ちょうど私も独りだった。私の番になると便利でいいぞ。魚を捕るのもメスに種をつけるのも、私に次ぐ権利がある」  周は潜の眉間に指二本をぐりぐりと揉みこみ、そこに深く刻まれていたシワを指先で左右にひきのばした。周の子分たちは不満げにざわつく。そのうちの一人ははっきり声に出して言った。 「そんな奴が(たつる)さんの代わりだなんて、納得できません!」 「お前は私にいつまでも独りでいて恥をかけというのか? お前が納得しようがしまいが、私の番を決めるのは私だ。この連合で最強なのも私だ。最上位が好きにふるまって何が悪い?」  周に喝破(かっぱ)されると、子分たちはたじろぎ、押し黙った。 「死んだ奴のことをいつまでも言ってるんじゃない。忘れろ。だが(あだ)は忘れるな」  そして周はふたたび潜と向き合った。 「ともかく、この海域に我々が来たからには、お前も同胞である以上、我が連合の一員となるのだ。お前はこの海域を自分の縄張りだと言ったが、これからは私の縄張りだ。ただし、このちっぽけな砂浜は、お前にくれてやるよ。砂遊びくらい、好きにしろ。お前は私の番なんだ、それくらいの権利はやろう」  周は立ちあがり、手をぱちぱちと叩いた。 「そういうわけだ。さあ、ここはすでに潜の縄張りだ。皆は外へ出ろ。私は残って潜の躾をおこなう。夕暮れどきになったら呼びに来い。怪我をした者はサメに気を付けろ。襲われないよう、ひとかたまりになって泳げ」  男たちは大人しく去っていった。潜の腕を捕まえていた奴らも皆のあとについていった。  怪我をした仲間に肩を貸す者がいる。なかにはお互いに怪我をしていて支え合いながら歩いていく二人組もいる。周は彼らの背中を指差して言った。 「見ろ、あれが番だ。男たるもの、成人すれば番を持ち、死ぬまで互いに助け合うのが当然。いい歳になっても独りでぶらぶらしているのは、大いなる恥だ」  周は波打ち際にどっかり腰をおろした。彼はそれきりなんにも言わず、ただ沖の方をぼんやりと見たままぴくりとも動かない。あまりにも静かなので、潜は不安になり声をかけた。 「しつけって、何するの?」 「そんなものはただの方便だ。少しのあいだ、ひとりになれる場所が欲しかった。それだけだ」  しばらく放っておいてくれと言うと、周は目を閉じてしまった。

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