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友一郎 ⑮(上)
防水バッグに必要品を詰め込んでいると、遠足の前日の小学生のように気分が高揚する。といっても、友一郎 自身は子供時代に何かを楽しみにしたことなど一度もなかったので、「小学生のように」とは、あくまでものの例えだ。それが潜と出会って以来、毎日が遠足のようなものなのだから、人生は何があるか分からないと友一郎は思った。
自然と鼻歌まじりになる。潜 がよくうたっているラブソングだ。ふと目を上げると、タマじろうが「気色悪い」と言いたげな顔つきで、友一郎をじいっと見ていた。
午前中に買ってきたテントはもう四、五回ほど組み立ての練習をした。念のためにもう一度、部品に不足はないか、動作に不具合がないかを確認してから、丁寧に畳んで専用のバッグに仕舞う。
防水バッグとテントを背負い、友一郎は家を出た。ガレージからカヤックを出して横倒しにし、コックピットに肩を入れ器用に担ぐ。うまくバランスを取って立ちあがり、海水浴場のそばの古い廃漁港まで運ぶ。すっかり慣れたものだ。
ところが、昨日と同じようにカヤックを廃漁港に置いてから海水浴場へ行くと、潜はいなかった。海水浴客で混み合うなか、友一郎は砂浜の端から端まで探したが、それでも見つからなかった。砂浜の隅にたむろしていたメスの人魚たちに潜を見なかったかと聞いたが、メス人魚たちはみな首を横に振った。
潜は今朝もここに来なかった。そして気になるのは、昨日の別れ際のことだ。「また明日!」と潜は言ったが、何かに急き立てられている様子だった。
伊達の動物追跡システムによれば、今朝、潜は例の「プライベートビーチ」にいた。もしかすると、今もそこにいるのかもしれない。プライベートビーチまで行ってみるか。だが、潜もこちらに向かっているならば、行き違いになるかもしれない。もう少し待つべきだろうか。いや、もし潜が怪我か病気で動けなくなり、プライベートビーチでじっとしているのだったら?
「そんな、心配し過ぎだ」
友一郎は声に出してつぶやいたが、不安は消えるどころか更に重みを増した。あいつなら大丈夫、という根拠はどこから出てくるのか? それはただ自分の心の平安を守りたいだけのことではないのか。ほんの少しの違和感を気にかけなかったばかりに、大切な人を喪うのは……。毎晩夢に出てくる小さな背中。友一郎に背を向けて眠る大翔 はどこか淋しそうで、抱き寄せてくれるのを待っているように見えた。だが、友一郎はじぶんのことばかりに考えて……大翔が揺らぐと自分までが揺らぐのをおそれて、知らないふりをした。
そこにいなかったら引き返せばいいだけのことだと友一郎は思い直し、廃漁港に戻った。
海につき出す桟橋状の岸壁近くに友一郎のカヤックは置いてあるのだが、それに数人の男達が群がっていた。ハッチカバーを無理矢理こじ開けようとしている。幸い荷物はすべて友一郎が背負っているが、カヤックを壊されたり盗まれたりしてはたまらない。
友一郎は焼けた砂浜を歩く足を速めた。すると、友一郎が声をかけるよりも先に男達の一人が友一郎に気づいた。
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