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潜 ⑯(下)

 無理なことはしないと言ったそばから(あまね)(かづき)の両の手首を強引に掴んだ。足の自由は足の甲を踏みつけることで奪った。潜の手首を縛めていない方の手を周は潜の脚のあいだにすべりこませると、生殖孔(スリット)に触れ、縦長の亀裂にそって指をやわやわと上下に動かした。 「ギューイ! ギュイギュイギュイッ!」  潜は助けを求めて泣き叫び、力の限り抵抗した。だが周の力は圧倒的で、潜はみじろぎさえできない。けんめいに内腿を締めて生殖孔に指をこじ入れられないよう試みても、脚は無理やり押し開かれるし、(あらわ)にされたそこに、周はみずからの生殖孔から引きだした性器をぐいっと押し付ける。   「君も怪我をしたのかい?」  翌朝、海水浴場で行われている健康観察に顔を出すと、伊達(だて)くんは驚いた様子で眉を上げた。そして、潜の健康観察と採血を終えると、内緒話をするように顔を近づけてきた。 「ね、ね、ね。それ誰にやられたの? 誰にも話さないから、言ってごらん?」  好奇心ダダ漏れの声色でたずねられ、潜は眉根をきつく寄せて伊達くんから顔をそらした。肩口の咬み痕を手のひらでそっと撫でる。その傷は薬を塗るまでもなく、すでにふさがりつつある。  少し離れた場所に、もう一人の怪我人が防水シートの上に座って泣きべそをかいている。以前、潜を罠にはめた女の子グループのリーダーだ。軽傷の潜とは違い、女の子の方は酷いありさまだ。体じゅうのあちこちに深い咬み傷があり、頬は殴られて腫れ上がり、腹にも痣がいくつもあって、手首や足首には指の形をした痣がくっきりとついていた。いつもきれいに(くしけず)られている長い髪は、時々砂浜に落ちている天蚕糸(てぐす)の塊のようにもつれていた。  それは明らかに男の人魚の仕業だ。まさか、伊達くんはそれをやったのが潜だと思っているのでは? と潜は考え、眉間のシワを深くした。  もし本当にそう思われているなら、大変な濡れ衣だ。潜は大人になっても絶対に女の子にそんな酷いことはしないと心に決めていたのだから。  潜が幼い頃、同じ群れ(ポッド)の姉さんたちが、たびたびオスの集団に連れ去られては、数日後にぼろぼろになって返された。それが男の人魚の流儀であり、若い女の子人魚の宿命だと言われても、潜はどうしても納得できなかった。  深手を負わされた女の子は、潜をまるで犯人を見るような目でキッとにらみつけ、そっぽを向いた。完全に八つ当たりだが、潜は仕方ないと思った。強気でにらんでくる彼女だって、襲われたまさにその時は何の抵抗もできなかったはずだ。昨夜、周に襲われた潜のように。やり場のない怒りや悲しみを晴らす相手がいるなら、潜だってそうするかもしれない。  潜はぶるっと身震いし、自分の肩を自分の両手で抱きしめた。姉さんたちやあの女の子と違って、潜は周から肩を噛まれる以上のことはされていない。潜が大声で泣き叫び抵抗をやめないでいると、周はついに手を引っ込めた。そして、 「そんなに嫌がられては、私とて傷つくぞ」  と彼は言った。先に暴力をふるおうとしてきた癖に、潜の方こそ悪者であるかのような口ぶりだった。 『姉さんたちのことなんか、久しぶりに思いだしたな……』  潜は心の中でつぶやいた。周のせいだ。彼は潜の父親に似ていた。姿形は似ていないけれど、身にまとう雰囲気がよく似ているのだ。父親の面影に引きずられるようにして、過去の記憶がトンネルの中からずるずると出てきた。  これ以上、トンネルから何も出てきませんように、と潜は思い、ふと顔を上げると、いつの間にか友一郎(ゆういちろう)の顔が至近距離にあり、潜の背すじはびくっととび跳ねた。 「どうした。誰にやられた?」  伊達くんと同じことを友一郎も聞くが、友一郎の声は、心の底から潜の身を案じているように聞こえた。鼻の頭が熱を持つ。「キュゥ」と鼻の奥が鳴る。潜は溢れそうになる涙を必死にこらえた。

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