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友一郎 ⑱(下)

 メスたちはなおも食い下がった。彼女たちは言うことは過激だが、まだ十代前半の、若いというよりも幼い少女に見える。例の巡視船の問題がなくとも、彼女たちと平気で逢引きできる成人男性など、そうそういないだろう。 「しないよ」  (とおる)はにべもない。それなら、とメスたちは仲間のうちの一人を取り囲むと、彼女を前面に押し出した。頬に殴られたあとがまだ残る彼女は、今朝の健康観察で泣いていたあの人魚だ。 「じゃあ、せめてこの子だけは抱いてやって。さもなきゃ他の男を紹介してよ」 「見てよこの傷、可哀想でしょ。ゆうべオスどもにやられたんだよ。この子にはお清めが必要なの」 「はやく人間の男に種をつけてもらわないと、このままじゃ人魚の子を孕んじゃう」 「ねーえ、お願い!」 「うちら人間の子を産みたいんだよ」 「人魚の子を孕むなんて絶望なんだよ」 「あんな乱暴な奴らの子なんて」 「絶対産みたくないし」 「なのにオスどもがぞろぞろやってきちゃって」 「うちら本当に、大ピンチなの!!」  最後の一言を、メスたちはきれいに声を揃えて言った。  徹は絶句して後頭部をぼりぼり掻いた。そして、言葉を一つ一つ選びながら言った。 「ごめん、本当にそれは無理。君たちのことは気の毒だと思うけど、規則とか大きなお船とか関係なく、したくないんだよ。俺は、えっと……そういう大事なことは、お互いに迷惑をかけ合える人としか、したくないです。いつも側に一緒にいられて、面倒を見て、見られて、そういう相手じゃないとダメなんだ」  メス人魚たちは目を丸くして黙って聴いていたが、やがて互いに顔を見合せ、「ケチんぼ」「ケチんぼ」と口々に言って、どうやら諦めたようだ。そして一斉に、彼女たちは動画配信者たちの存在に気づき、船揚場のほうを向いた。 「なんだ、男いるじゃん」 「でもひょろひょろのガリガリで不健康そうだよ」 「いっそあれでもよくない?」 「人間ならいいっしょ」  メスたちはぞろぞろと船揚場(ふなあげば)まで泳いで行くと、コンクリートの傾斜に上陸した。それまで他人事だと思って高みの見物をしていた動画配信者たちは「ヤバいヤバいヤバい!」とあたふたと逃げていった。  メス達の群れの最後尾を泳いでいた二人が友一郎に気づくと、顔を見合せてくすくすと笑った。 「あんたはいいわ。どうせバカヅキがいいんでしょう?」 「お髭は素敵だけどね。バイバイ」  そう言って、二人は仲間たちの後を追う。  徹は深いため息を一つ吐き、立ち上がった。頭をかきながらこちらに向かって歩いてくる。そして彼はふいに顔を上げ、やっと友一郎に気づいて笑顔を見せた。 「ども、お疲れっす」  そういつもと同じように挨拶してきたが、彼の方こそ疲れた様子だ。徹は肩のストレッチをしながら「最近、(かづき)くんと会いました?」と友一郎に聞いた。そのとき、海の方から視線を感じ、友一郎はちらっとそちらの方に目を向けた。凪いだ海面の一点にちゃぽんと水が立った。 『潜か?』  友一郎は不審に思いながらも、ミヤコに聞かれたときと同じく、今朝会ったと答えた。「そっすか」と徹は言い、友一郎とすれ違いざまに、 「寝る前に網の修繕をしないとなんですよ」  と、こぼしていった。  メス人魚たちが、動画配信者たちを追うのをあきらめて、文句を言い言い海に帰っていく。友一郎も港をあとにした。

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