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友一郎 ⑳(上)

 友一郎(ゆういちろう)(ねい)をプライベートビーチに連れていった。(かづき)はいなかった。  濘の遊び相手をするのは、潜の遊び相手をするより万倍も骨が折れる。なにしろ濘は子供だから、加減も遠慮もしらない。 「一休みさせてくれ」  友一郎はTシャツとハーフパンツの水気を絞り、狭い砂浜に張ったテントにもぐり込んだ。長々と海水につかっていたせいで、体がだるかった。大の字に寝そべると、布ごしにごつごつとした石ころがあたった。 「キュキュ!」  濘は浅瀬に小魚でも見つけたのか、楽しそうに歓声をあげた。友一郎は寝返りを打ち、うつぶせになった。波打ち際に、濘が前かがみになっているのが見えた。潜のような大人の人魚は、まるでフルボディのウェットスーツを着込んだ人間のように見えるが、子供の人魚はただの裸ん坊の人間の幼児のようだ。お腹とお尻が丸々とつき出した体型だからだろう。そのせいで、自然の海に生きるには、濘はか弱すぎるように見える。  これからどうしたらいいだろうか、と友一郎は考えた。この小さな入り江は三方を崖に囲まれ、間口はいくつかの岩の柱によって外界と隔てられているので、安全に見える。見えるだけで、実は違うのかもしれない。  この入り江で、潜と濘とで暮らしてもらうのは、現実的ではない。そもそも、潜だって群れからはぐれたまま孤立した人魚で、いつまでも独りきりでぶらぶらさせておくわけにはいかないのだ。新たにもう一人、はぐれ人魚を生み出してどうするのか。  やはり、濘の母親を説き伏せて、息子を元の群れ(ポッド)に入れてもらう。もしそれが無理なら、オス人魚たちの群れ(バンド)を探して、濘を引き取ってもらうよう頼み込む。だが、めったに人前に姿を見せないオス人魚たちをどうやって捕まえるのか。 「そうだ」  伊達(だて)のラボで治療を受けているオス人魚とその(つがい)がいるではないか。彼らを海に帰すときに、濘も一緒に連れていってもらうのだ。友一郎は廃漁港で彼らと出会ったときのことを思いだした。彼らは粗暴だが、仲間同士の結束は強いようだった。彼らなら、濘を大事にしてくれるのではないか。  濘が両手いっぱいに何かを持って友一郎のもとへとことことかけてきた。テントの(ひさし)の下、乾いた砂の上に「見て見て」と、持ってきた宝物たちを並べ始める。貝殻やガラス片やツルツルした小石などだ。 「濘は海の家のひと。友一郎はお客さんね。いらっしゃい、いらっしゃい! どれにしますかー」  海の家ごっこ。友一郎は起きてあぐらを組み、濘の遊びに付き合うことにした。 「これは何だ?」 「これはぁ、イカ焼きです。これが焼きそばで、これはアメリカンドッグ、これはたこ焼き。これがかき氷。お飲み物もありますよー」  てっきり装飾品のお土産でも売っているのかと思ったら、食べ物屋だったとは。友一郎は、 「じゃあ、焼きそばをください」  と注文した。 「あいよっ」  濘は焼きそばを焼いてパックに包む真似をして、「へいおまちっ」とそれを友一郎に差し出すふりをした。友一郎は「ありがとう」と受けとるふりをした。

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