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子供のころ結斗の家にはピアノがなかった。
「純の家みたいなピアノ欲しい」
「うちはダメ」
純の家が良くて結斗の家がダメな理由が分からなくて母に何度もねだった。
でもダメだった。
お金の問題じゃなく単純に住んでいる場所の問題があった。
マンションの三階。会社の社宅。小さな子供が好き勝手に楽器を演奏出来る環境じゃなかった。
それでも引き下がらなかった結斗へ母は最もらしい言葉を言い放った。
「お母さんもお父さんも、音楽やらないから無理よ」
当たり前でしょう? と真っ直ぐに目を見て言われた。確かにうちはダメかもしれないと思った。
純の家は純だけじゃなく両親ともに音楽をやる家だったから。
カエルの子はカエル。悲しいけど、将来、結斗もきっと親が好きなことを好きになるし、同じような道を進むんだと思った。
親が音楽をしていたら子供も音楽をする。親がしないなら子供もしない。音楽は選ばれた人間しか出来ない。自分には楽器をやる資格がないんだと思った。
極め付けに「弾きたいなら純くんの家で弾けばいいじゃない」と言われてしまい、ついにピアノを買う理由がなくなってしまった。
弾きたいなら純の家で弾く。
その提案は親としてどうかと思った。でも楽器が弾きたいだけなら、確かに純の家に遊びに行けば使わせてもらえた。
純の家には飛んでも跳ねても歌っても怒られない楽器の演奏が出来る部屋があった。結斗が遊びに行けば純は喜んで、いつもピアノを弾かせてくれた。
何か曲が弾けるわけでもないので音を鳴らすだけ。結斗は綺麗な音が鳴る純の家のピアノが大好きだった。
実はそのピアノは宝石の値段くらい高い代物だったのだが、その驚愕の事実を知ったのは、恥ずかしながら、つい最近。
――なぁ、そういえば昔、お前の家で遊んでたピアノってさ、どんくらいの値段だったの? 今使ってんのと違うだろ。
――今のはヤマハ。昔はスタインウェイ、あれは、いま知り合いの家にあるけど。
――何それ、ウェイ系?
――まぁ、値段聞いたら、お前、ウェイってなるかもな。
純は、楽しそうににやりと笑っただけで、もったいぶって詳細な値段は教えてくれなかった。
あとでネットで検索してウェイどころか、オエッって吐きそうになった。
子供がオモチャにしていい楽器ではない。
由美子さんが純に買い与えるのはいい。ただ、それを結斗に触らせていたのはどうかと思うし「純くんの家のピアノで遊べば?」とか言った親は、いくら音楽に興味がなくても事の重大さを認識した方がいい。
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