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純の中で、まだ自分は小学生なのだろうか。昔のことをいつまでも覚えている。
そんなことを思いながら悪態をついて坂道を下る。
純の家の前から続くだらだらと長い坂。小学生のとき両手じゃ足りないくらい、この辺で転けた。自転車でブレーキをミスって転けたときは一回足の骨も折っている。注意力散漫な子供だったかもしれない。
さっき純が言った通り、すぐに考え込むというか、この事にのめり込むところがあるかもしれない。
長い坂道が終わり高級住宅街を抜け駅の高架の下を潜るといつも肩の力が抜ける。
十何年と繰り返し純の家と自分の家を往復しているが、川と駅を挟んだ先は、景色が急に変わる。閑静な住宅街を抜けると突然コンビニとスーパー、チェーン店の飲食店が軒を連ねている。
春は、川沿いの桜を目当てにたくさんの観光客が訪れる場所だが、それ以外は住みごこちのいい静かな街。
昔から親が純の家と仲がいいから、自分の家と純の家を比べてコンプレックスを感じたことはなかった。けれど、やっぱり住んでいる世界が違うなと折に触れて感じる。
純と一緒にいると感じないのに不思議だ。
家に着くとマンションのエントランスで、タイミングよく母親に会った。
長いくせ毛をひっつめて後ろでまとめバレッタで留めている姿は、どう見ても「亜希さん」じゃない。
「おかえり息子。いい子にしてたかい」
大げさに抱きついてくる母の拘束から逃げる。どいつもこいつも、自分のことを子供扱いだ。
「ただいま、離れろよ。おでんがこぼれる」
「機嫌悪いなぁ、純くんと喧嘩したの?」
「したことねーよ。アイツ怒ったとこなんか見たことねぇし」
「確かにねぇ、純くんホントあんたと違って優しいし紳士だから」
「純が紳士?」
「君は基本的に無神経だよ。色々我慢させてんじゃないの」
「純は、そんなんじゃねーよ」
純が我慢してるなんて怖いことを言わないで欲しい。結斗が知らない純を知ってから、ずっと不安定だ。
「おっ、彼女面かよ」
「怒るぞ」
「もう、怒ってるじゃん、こわーい」
つまらないやりとりをしながらマンションのエレベーターに乗り行き先ボタンを押す。
純とは喧嘩らしいことは本当に今まで一度もしたことがない。
――彼女ヅラって。
多分「彼女」という存在よりも長い時間一緒にいる。
家族よりも同じ時間をすごしてるし、家族よりも純は結斗のことを知っている。多分、純も結斗のことを知っていた。
彼女面というより深い言葉があるなら知りたいと思った。
部屋に入って荷物を置くと母が風呂に入っている間に夕飯の準備をする。
友達のような親子という言葉があるが自分の家の場合は会社だ。
親とは昔から上司と部下みたいな関係が続いている。
家族という会社の中で全員が各々役割を持っていて、一定の秩序のもと不可侵に生きている。
放任主義とも違うし、育児放棄をされていた訳でも親の愛情を感じていない訳でもない。
昔は自分の家を変な家だと思っていたが、いい加減もう慣れていた。
いい年なんだから、仕事はそこそこにして主婦にでもなればいいのに。母親は、ずっとエンジニアとして一線で働いている。
父も母も別に喧嘩はしてないし仲が悪い訳でもないのに、互いにベタベタ一緒にいるところを結斗はあまり見ない。
家にいつかない両親の代わりに家を守ってきたのが結斗だ。
これが家で結斗が任されている仕事だ。結斗が家のことが苦手だったら親も家事をしたかもしれないけど、残念なことに結斗は家事が得意だった。
いい意味でも悪い意味でもドライな家だった。
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