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この日、午後になって一緒に帰りたいからと純にスマホで呼び出された。
学内のカフェテリアで待っていたら、純が入り口のガラス扉を開け颯爽と現れる。髪も含めたら全身黒だ。普通なら野暮ったく見える黒一色の服装なのに、純が着ると、すっきりと整って見えるから不思議だ。
長い足。歩くたびにロングコートの裾が揺れる。
そして嫌でも気づく。
(見られている。周りの人に、すげー見られてる)
元々、綺麗な男だということは知っていたが、そんなにパンダみたいに見たいか? と思った。
一番奥のエリア。天井まで一面ガラス窓。その横にある四人掛けの丸テーブルに結斗は一人で座っている。
手を振られて、それに振り返す。
変じゃないよな。俺たち、今大丈夫だよな? ちゃんと友達同士に見えてる? って自分で自分に問いかけている。最近ずっと、こんな感じ。
「ねぇ、クリスマスさ、どこか一緒に遊びに行かない?」
正面の席に座った純は、結斗にそう切り出した。それ呼び出してまで今ここで言うことか? って思った。
「ッ、は、はい?」
声が裏返って、飲んでいた缶コーヒーでむせた。
(めっちゃ周りに会話聞かれてる! めっちゃ! 見られてるし、後ろ! 前!)
周りからの視線が気になって仕方ない。
「いや、だからクリスマス。なんか予定ある?」
家の中なら純に何を言われても動じない自信はあった。けれど衆人監視のなかは無理だった。
「ゆい、聞いてる? あと顔、コーヒー拭きな。ハンカチ持ってる?」
「うん……聞いてる。ハンカチある」
「変な結斗」
「……うん」
瀬川に教えてもらって以来、結斗は純に内緒でネットで純の動画をいくつか見た。
エロ動画を探して見ているわけじゃないのに、すごくやましいことをしている気分になった。
純は動画サイトで「王子様」と書かれていた。ファンコメントは賛辞の嵐。
次はこれが聴きたいといったリクエストも、たくさん来ているのに純はそのリクエストに応えることはなく、ただ好き勝手に、その日の気分で弾いていた。
弾いてみた。やってみた系のカテゴリランキングでは、いつも上から数えた方が早い。なんだか幼馴染が芸能人みたいに感じる。
でも人気の動画主なのに、今から、これを弾きます。以外には特に何も喋らない。
結斗の前では、色々好きな音楽のことを喋ってくれるのに。そういうのもなし。
(チャンネル登録よろしくね(星キラリ)とか普通言うんじゃないのか?)
さらに、もらったコメントの返信は一律「ありがとうございます」だけ。素っ気なさ過ぎる。そんな愛想のなさで、この先プロとして、やっていけるのか結斗は不安だった。
(ピアニストになるんじゃないのかよ)
自分たちは、おかしいと思う。けど、その近すぎる距離感を失いたくないと思っている結斗の方が、もっとおかしいことも知っている。
純は、いま外の世界へ羽ばたこうとしていた。
結斗を置いて、遠くに。
過去、純がピアノを辞める原因になったことを結斗が悔いているなら、今が、その罪滅ぼしの絶好の機会だった。全力で応援するべきだと思う。
そう思うのに何も言い出せない。
結斗だけが、ずっと純の部屋の地下室にいる気がした。
そして、それを幸せだと思っている。
「なー、クリスマス親らニューヨークで遊ぶんだって。お前それでいいのかよ、放って置かれて」
「別に。気にしてない。結斗がいるから寂しくないし」
「……あっそ」
これ以上、結斗を甘やかさないで欲しい。親離れのごとく、純離れしないといけないのに、純は全然させてくれない。砂糖まみれで溶けそうだ。
こんな幸せ、これ以上受け入れていたら、どうにかなってしまう。
「ねぇ。なんか、亜希さんに言われたの?」
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