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急に純は探るように結斗の顔色を伺ってくる。
「純くんに遊んでもらえって言われた」
遊んでくださいとは、言いたくなかった。
「そう、だったら」
純がそう言いかけたとき急に後ろから名前を呼ばれた。振り向くとそこには瀬川が緑のエプロン姿で立っている。
「おい、桃谷! お前今日カフェのバイトだろ」
「え、あ!」
言われてハッとした。
結斗は学内のカフェで週何回かアルバイトをしていた。いつもバイトの時間を忘れることはないが、今日は頭のなかからすぽんと抜けていた。
――純に呼ばれるまでは多分覚えてた。
純に呼び出されて全部抜けた。
こういうの何ていうんだろう。
マタタビ前にした猫?
呼ばれて、会えることに浮かれているつもりはなかった。
「ガッツリ入れてんぞ。三時から。優雅にお茶飲んでるからって声かけてみれば、お前は、今から俺と交代!」
「あー。ごめん、純。俺、バイトだった」
「うっかりしてるなぁ。ま、いいけど。じゃあ、バイト終わったら帰りウチ寄って話あるから」
「え? うん、じゃあ後で連絡するよ」
改まって純から話があると言われても、なんの件か分からなかった。
結斗が席を立って、仕事場のカフェカウンターの中へ行こうとすると、隣に立っていた瀬川が結斗を小突いてくる。
そういえばストリートピアノの動画主である純を紹介して欲しいと言われていた。
別に結斗が、わざわざ紹介しなくてもと思う。「自分で声かけたらいいじゃん」と返した。お見合いじゃないんだから。
瀬川が意を決して純に声をかける。座っている純は絵に描いたみたいに微笑む。
「えっと、ピアニストの『純』さんですよね」
「はい。そうです」
――あ、これ、よそ行きの声だ。
そう思った。
丁寧で静か。夜のニュースを読むアナウンサーみたいな話し方をする。結斗の前と違う声だ。結斗の前では、もう少し弾んだ声になる。
「いつも動画見てます。この前の超絶技巧練習曲シリーズのやつ最高でした! 俺クラシックとか分からないんですけど『純』さんのピアノがほんと好きで」
「ありがとうございます。嬉しいです」
二人の会話をどうしても、その場で聴いていられなかった。自分の知らない純を他人の口から知りたくない。
「――ごめん瀬川、俺、先に行くな」
「おう! またなー!」
足早にカフェカウンターに向かう。自分のタイムカードを打刻する。裏でエプロンを着て仕事を始める。慣れたルーティーンをこなして、瀬川と純の会話を忘れようとする。
けれど余計に気になって仕方ない。
注文されたドリンクを作って品物を出す時、まだ瀬川と話している純を横目で見てしまった。
中学の時は、こういう場面で何も思わなかった。むしろ、それを見て安心していた気がする。
今は何故か、むしゃくしゃがいっぱい心の中に溜まって苦しくなってしまう。
小さい子供みたい。この醜い独占欲を今すぐ消したかった。
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