20 / 50

 急に純は探るように結斗の顔色を伺ってくる。 「純くんに遊んでもらえって言われた」  遊んでくださいとは、言いたくなかった。 「そう、だったら」  純がそう言いかけたとき急に後ろから名前を呼ばれた。振り向くとそこには瀬川が緑のエプロン姿で立っている。 「おい、桃谷! お前今日カフェのバイトだろ」 「え、あ!」  言われてハッとした。  結斗は学内のカフェで週何回かアルバイトをしていた。いつもバイトの時間を忘れることはないが、今日は頭のなかからすぽんと抜けていた。  ――純に呼ばれるまでは多分覚えてた。  純に呼び出されて全部抜けた。  こういうの何ていうんだろう。  マタタビ前にした猫?  呼ばれて、会えることに浮かれているつもりはなかった。 「ガッツリ入れてんぞ。三時から。優雅にお茶飲んでるからって声かけてみれば、お前は、今から俺と交代!」 「あー。ごめん、純。俺、バイトだった」 「うっかりしてるなぁ。ま、いいけど。じゃあ、バイト終わったら帰りウチ寄って話あるから」 「え? うん、じゃあ後で連絡するよ」  改まって純から話があると言われても、なんの件か分からなかった。  結斗が席を立って、仕事場のカフェカウンターの中へ行こうとすると、隣に立っていた瀬川が結斗を小突いてくる。  そういえばストリートピアノの動画主である純を紹介して欲しいと言われていた。  別に結斗が、わざわざ紹介しなくてもと思う。「自分で声かけたらいいじゃん」と返した。お見合いじゃないんだから。  瀬川が意を決して純に声をかける。座っている純は絵に描いたみたいに微笑む。 「えっと、ピアニストの『純』さんですよね」 「はい。そうです」  ――あ、これ、よそ行きの声だ。  そう思った。  丁寧で静か。夜のニュースを読むアナウンサーみたいな話し方をする。結斗の前と違う声だ。結斗の前では、もう少し弾んだ声になる。 「いつも動画見てます。この前の超絶技巧練習曲シリーズのやつ最高でした! 俺クラシックとか分からないんですけど『純』さんのピアノがほんと好きで」 「ありがとうございます。嬉しいです」  二人の会話をどうしても、その場で聴いていられなかった。自分の知らない純を他人の口から知りたくない。 「――ごめん瀬川、俺、先に行くな」 「おう! またなー!」  足早にカフェカウンターに向かう。自分のタイムカードを打刻する。裏でエプロンを着て仕事を始める。慣れたルーティーンをこなして、瀬川と純の会話を忘れようとする。  けれど余計に気になって仕方ない。  注文されたドリンクを作って品物を出す時、まだ瀬川と話している純を横目で見てしまった。  中学の時は、こういう場面で何も思わなかった。むしろ、それを見て安心していた気がする。  今は何故か、むしゃくしゃがいっぱい心の中に溜まって苦しくなってしまう。  小さい子供みたい。この醜い独占欲を今すぐ消したかった。

ともだちにシェアしよう!