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純の家に気分良く酒酔い状態のまま着いたとき、純は地下の自室でアルコール度数の高い缶チューハイを飲んでいた。驚いた結斗が入り口に突っ立ったままでいると、ソファーから、ひらひらと手を振られた。
(どういうことですかね?)
結斗は、純が一人で、しかも自室で酒を飲んでいるところを初めてみた。
床の上には無造作にコンビニの袋が置いていたが、近くにはポテチもスルメもない。酒オンリーだった。そんな無茶苦茶な飲み方をする男じゃなかった。食事と一緒に酒を楽しむ程度。
「おかえり。結斗やっぱり酔ってるし、ちゃんと水飲みなよ」
「いやいや、酔ってるのお前じゃん。純こそ水飲めよ」
「そんなに酔ってないよ」
純は、いつになく上機嫌で笑っていた。さっき送られてきた猫のスタンプは、酒のせいだったのかもしれない。
「純、別に飲むのは良いけど、なんか食いながら飲めって悪酔いするだろ。なんか作ろうか? 腹減ってる?」
言いながら結斗は水を取りに行こうとする。
「ゆーい」
純に、おいでおいでと手招きされる。結斗は仕方なく言われるまま、そばまで行くと唐突に手を握られた。右手同士指を組むみたいに。
「なんだよ」
「酔った」
「はぁ?」
「だから、そばにいてよ結斗」
ぽんぽんとソファーの横を叩き隣に座るように言われる。
(……マジで、どうしたの?)
らしくない純の不可解な行動に戸惑っていた。普段は酔わない純をみて心配になる。
由美子さんに純のことをよろしくと頼まれていたし、自分がそばにいたのに純に何かあってはいけない。一気に酔いがさめた。
お互いがお互いの面倒をみないとって思っていた。
純がつらいときは自分が助けるし、自分がつらいときは純が助けてくれる。
今は自分が純を助ける番だ。
普段から純には面倒をかけてばっかりだったので、立場が逆になって甘えられるとちょっと嬉しい。いや、すごく嬉しい。
件の動画配信の件で純が急に遠くに行ってしまった気がして不安だった。甘えられて、頼られて、たったそれだけのことで簡単に心が落ち着いてしまう。
子供の頃から思考回路も、やっていることも同じ。純が近くにいれば無条件に大丈夫な気がしてしまう。
隣に座ると手を繋ぎ直される。右手と左手。純は結斗の手をぎゅうぎゅう握ってきた。その手がいつもより熱い。
ピアニストの大きな手だ。しなやかに長い指には適度に筋肉が付いていて、ピアノを弾く時の繊細な印象と違い、しっかりとしていて硬い。
「なー、純、酒好きだっけ、いつもそんな飲まないじゃん」
「酔ってるってことにした方が、結斗はいいかなって思ったから」
「何が?」
「昼間、話あるって言ったでしょう? 結斗、もっと、こっちきて」
猫じゃないんだけどと思いながらも、間を詰めて純の近くに寄った。
「俺はさ」
「うん」
純は、ぽつり、ぽつりと話し始める。
隣に座る純は酒のせいで少しだけ頬がピンク色になっている。濃い灰色のセーターに黒のチノパン姿。見慣れた姿なのに何だか落ち着かない。
さっきまで手にあった缶チューハイは、手を繋ぎ直したとき、近くのローテーブルの上に置かれていた。
「この先も、このままでいいと思ってたけど、まぁ黙ってても遅かれ早かれ、いつかは分かることだし」
結斗は直感的に純の話をこれ以上聞きたくないと思った。
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