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 結局のところ何も言わなくたって、自分も純もお互いのことを分かっている。  何か様子が違うなとか、言いたいことあるんだなとか。  ――一緒にいたいとか、いたくないとか。  子供みたいな話を今さら素面でなんて出来ない。二十歳を過ぎた大人だから。子供じゃないから。  だからといって今すぐにしなくてもいいと思った。 (そう、だよな。俺、変、だもんな。普通じゃない)  ただ変だとしても結斗は今の時間が、ずっと続けばいいと思っている。外では普通を装うから。この部屋でだけは。  一緒に、出来るだけ長く幼馴染の関係でいたい。今のまま。  もう少しだけ待って欲しかった。結斗が大人になれるまで。純みたいに一人で大丈夫になるまで。  今が幸せだから。 「……このままって」  至近距離で視線が交差する。純は酔っていると言っていたけれど、本当は酔ってない気がした。バイバイって言われる時は、もっと悲しい顔をしないといけないのに純はなぜか、困った顔をして笑っていた。  その純の顔には覚えがあった。純が中学生でピアノを辞めることを決めた日。  結斗が辞めればいいって言った日。  泣いて、ぐずって、甘えた。  甘やかされた。  ばつが悪い顔。結斗が不安になると純がする顔だった。こんなふうに困らせたくないのに、どうしても大人になれない。 「俺は、ちゃんと覚悟決めたから。結斗も考えて、この先どうしたいか」 「どうって、だって、純が一人で大丈夫になって、遠くに行くって話だろ」 「――買い被りだよ。俺は一人だとダメだ」 「嘘だ」  一人で黙って動画配信者になって有名人になっていた。結斗に言われて辞めたピアノをまた外で弾くようになった。結斗に秘密で黙ったまま。それが証拠だ。  もう一人で大丈夫だって。ベタベタな幼馴染がいなくても。 「俺はこのままでいい、このままがいい」 「ゆい……」  多分、酔っている。言いたいことがまとまらない。  小さな子供みたいに拗ねていた。口からこぼれ出る幼稚な言葉が恥ずかしい。自分がいない世界でも楽しくやっている純を知った。寂しかった。苦しかった。  じゃあ自分はこの先どうしたいのか、どうなりたいのか。  そこに純がいないと不安になる。 「それが結斗の答え?」  純は困ったな、伝わらないと言って小さく息を吐いた。  いつまでも今のままではいられない。子供の時は許されても、いつかは、それぞれの道で生きていく。  純は、ピアノで。  自分は? 考えて、何もなかった。  分かっていたこと。純は優秀で、なんでも持っている。何もない自分とは最初から生きている世界が違う。けれど小さい頃は、それでも噛み合っていた。  今は気持ちのいい音が鳴らせない。不協和音になる。  それが成長で、大人になるってこと。仕方ない事だと頭では理解してしても純と同じになれないことが寂しい。 「俺だけ、一人になるんだろ。嫌になったんだろ、幼馴染なんて」  結斗は純の目を見てそう言った。怖かった。一人にしないでと言いたかった。 「違うよ」  どうすれば、このままでいられるのか知りたかった。 「また、そんな顔する。それに、どうして俺がどっか行くって話になるの? 酔ってる?」 「なんで、分からないんだよ、ばかっ」  純は結斗の頬をぺちぺちと優しく叩く。 「またそれ。王様か。分かってないのは結斗だよ。頭を撫でて、手を握って、抱きしめて、ここにキスした」  純は結斗の頬を人差し指でなどる。純が指で触れたところが、じわりと熱を持った。忘れたことはない。純がキスしてくれた日のこと。 「幼馴染のお前に俺ができること、もうあんまり残ってないけど、どうするの?」 「っ、だって」 「そういう、話です。分かった?」  純は結斗の頬に手を添えて、ゆっくりと唇を重ねた。

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