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「俺、軽音部やってるんだけど、よかったら部室こない? 楽器やる人間はいるけど、歌える人マジでいなくて」 「お前は、ちょっと黙ってろ! ほんと、ごめんな桃谷。俺が聴くだけならいいよって言われてたのに勝手に上げちゃって」  差し出されたスマホの動画と瀬川の話でやっと話の理解が追いついた。 「べ、別に、個人情報が漏れた訳じゃないし俺は構わないけど?」  瀬川に頭を押されて峰は無理やり頭を下げさせられていた。それを慌てて制する。  別に命を取られたわけじゃないし自分は怒っていない。 「まぁ、素人だし、ちょっと恥ずかしい、な、くらいで」  結斗が「気にするなよ」というと瀬川は明らかにほっとしたような顔になった。昔からだが見た目から真面目を絵に描いたような男で律儀。  きっと、おおらかすぎる峰と一緒にいてバランスが取れているのかもしれない。 「ほらー、だから言ったじゃん瀬川は気にしすぎ。あんなスゲェのお前一人で聴いてるとかもったいないだろ」 「ホントなんもわかってねぇなお前は」 「えー」 「次、勝手にパソコン触ったら、マジで絶交する」 「昨日はお前が、いいから聴けって絡んできたんだろ酔っ払い。俺は親切心で拡散したのに」 「それは親切じゃねーよ! 無断アップロード!」  結斗は瀬川に差し出されたスマホで自分の動画を再生してみる。  多少の加工はされていたが、それでも間違いなく自分の声だった。  SNSへのシェア数とコメント欄をみて、瀬川がいうように、今から消しても同じだろうなと思った。  動画自体はイメージイラスト。そのキャラクターは瀬川が趣味で描いているものだ。著作権的に問題なく瀬川が納得しているのなら、結斗がそれ以上何か謝罪や対応して欲しいこともない。  これが、もし純のように全世界に顔を晒しているなら、もっと困ったかもしれない。  ――純みたいなイケメンでもないし?  カラオケの点数も評価も気になっていなかった。自由に歌えたら、それでよかった。  動画、歌ってみたカテゴリ再生数、デイリーランキング一位。期待の新人ってタグ。  信じられなかった。チャンネル登録者二百万人。 「うん。確認したけど、ほんと別にいいよ。にしても瀬川、絵上手いよな」 「ありがとう桃谷、俺もっと怒られるかと思った。チャンネル登録者数みてびっくりして」 「いいって、悪気があってやったんじゃないんだし」 「あ、やべ、俺、午後の講義あるから、そろそろ行くけど、ももくん、ほんと軽音部遊びに来るの考えておいて!」  峰は、ギターケースを肩に掛けながら席を立ち結斗の肩を叩いた。 「バンドか、うーん。あんま興味ないけど、気が向いたら?」  体のいいお断りのつもりだったが、峰は破顔して結斗の手を握ってくる。 「マジで! じゃあ、今度連絡するし!」 「え、あ……うん」  流れるように言われるままアドレスを交換すると、峰は嵐のように去っていった。 「桃谷。峰ああいう奴だけど、ほんと嫌だったら俺に言って怒っておくから」  ほんの数分だったが、瀬川と峰の関係性がわかった気がした。 「瀬川、なんかお母さんみたいだな」 「あんな奴の母親だけは嫌だ。同室ってだけで、色々面倒みてるけど」  結斗は、自分の動画の詳細欄を見ながら、他人事のように見ていた。実際、結斗の名前が出ているわけでもないし、自分が上げたわけでもないので他人事には違いない。 「桃谷さ、一応言っておくけど、これ、スゴいことなんだぜ?」 「そうなの?」 「そう! 俺いつも言ってるのに、お前の歌すごいって、なんでそんな自信ないかなぁ」 「近くにもっとスゴいのがいるからなぁ」 「それ、もしかして『純』のこと?」 「うん。なんかあいつのピアノ聴いてると、俺、それだけでいいやってなるし、音楽は、純ので十分満足してるからなぁ」 「『純』とお前は違うのに? なんで満足なんだ?」 「それは……」  答えは出なかった。 「ワカンねぇなぁ。ピアノと歌でジャンル違うじゃん?」  改めて瀬川に言われて結斗は自分で言った言葉に首をひねった。  ――まぁ、普通はそうだよな?  純と結斗は同じ人間じゃない。  自分は自分だって分かっているのに、そう感じるようになっていた。多分根底には純の演奏家としての未来を奪った罪悪感みたいなモノも少しだけある気がした。  だから、自分の音楽は、これで十分。このまま安定していたい。  純と結斗の関係と同じだ。

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