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喧嘩
食器を片付けたあとは、休日らしく音楽を聴きながらベッドの上でごろごろとしていた。そのうち何かしら答えが出るだろうと思ったが、どんなに考えても「自分の歌」をどうしたいかなんてなかった。
バンドの生音で歌うのは楽しかった。
出来るなら、もう一回、今度は楽しい歌が歌いたいと思った。
けれどそれは今日明日どうしたいの話で、瀬川が訊いてることの答えじゃない気がした。
上手く歌えたら嬉しい。もっと上手になったらもっと嬉しい。誰かに喜んで貰えたら嬉しい。子供の時から変わらず、それだけだった。目標なんてない。
結局、瀬川には「来週会ったとき」と返事をして結論を先延ばしにした。
昼になって、母親のお土産を口実にして純の家に行くと純の機嫌が悪かった。
機嫌が悪いといっても出会い頭に怒鳴られた訳でも、無視をされた訳でもない。
音と空気で純の気持ちを感じ取っていた。
地下の部屋に行くと純のピアノの演奏が荒れていた。
――リストの鬼火? だよな……?
昔、純が弾いた時と雰囲気が違った。
『鬼火』という曲名は重々しいが、音の粒が転がるようなどこか楽しい曲。
それが、なぜか今にも人を殺しそうな曲になっている。
ナイフを後ろで突きつけられているような音。
意図的に遊んでいるようには見えず、結斗はそんな純を見るのが初めてで戸惑っていた。
(俺、こういう時、いつもどうされてたっけ?)
結斗の機嫌が悪いのは、よくあることだった。親と喧嘩したとか、学校の先生がむかついたとか。バイト先の客が嫌な人だったとか。
純はそんな結斗を見るといつも「どうしたの?」と笑いながら訊いてくる。そうやって純に構われて、関係あることないことも話しているうちに、最後にはどうでも良くなる。
自分のチョロさを改めて自覚して恥ずかしくなる。
とにかく、純に何があったのか聞いてみようと思った。これから先も許される限り、純と対等な関係でいたいと願うのなら、自分ばかりではなく、純の悩みも同じように解決したいと思った。
純は、結斗が部屋に入ってきて隣に立っていることに気づいても、演奏を途中でやめずに最後まで弾いた。結斗は曲が終わったタイミングで恐る恐る声をかけた。
「純、どうしたの?」
「ん、なにが?」
笑っているのに、目が笑っていなかった。
「え、なにって……なんか、嫌なことでもあったのかなって思って。考えてみたら、俺、いつも純に聞いてもらってばっかりだし、俺も……」
自分も純の話を聞きたいと思った。
「ふぅん、結斗がね……聞いてくれるの?」
「なんだよ、俺だって」
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