39 / 50

喧嘩

 食器を片付けたあとは、休日らしく音楽を聴きながらベッドの上でごろごろとしていた。そのうち何かしら答えが出るだろうと思ったが、どんなに考えても「自分の歌」をどうしたいかなんてなかった。  バンドの生音で歌うのは楽しかった。  出来るなら、もう一回、今度は楽しい歌が歌いたいと思った。  けれどそれは今日明日どうしたいの話で、瀬川が訊いてることの答えじゃない気がした。  上手く歌えたら嬉しい。もっと上手になったらもっと嬉しい。誰かに喜んで貰えたら嬉しい。子供の時から変わらず、それだけだった。目標なんてない。  結局、瀬川には「来週会ったとき」と返事をして結論を先延ばしにした。  昼になって、母親のお土産を口実にして純の家に行くと純の機嫌が悪かった。  機嫌が悪いといっても出会い頭に怒鳴られた訳でも、無視をされた訳でもない。  音と空気で純の気持ちを感じ取っていた。  地下の部屋に行くと純のピアノの演奏が荒れていた。  ――リストの鬼火? だよな……?  昔、純が弾いた時と雰囲気が違った。  『鬼火』という曲名は重々しいが、音の粒が転がるようなどこか楽しい曲。  それが、なぜか今にも人を殺しそうな曲になっている。  ナイフを後ろで突きつけられているような音。  意図的に遊んでいるようには見えず、結斗はそんな純を見るのが初めてで戸惑っていた。 (俺、こういう時、いつもどうされてたっけ?)  結斗の機嫌が悪いのは、よくあることだった。親と喧嘩したとか、学校の先生がむかついたとか。バイト先の客が嫌な人だったとか。  純はそんな結斗を見るといつも「どうしたの?」と笑いながら訊いてくる。そうやって純に構われて、関係あることないことも話しているうちに、最後にはどうでも良くなる。  自分のチョロさを改めて自覚して恥ずかしくなる。  とにかく、純に何があったのか聞いてみようと思った。これから先も許される限り、純と対等な関係でいたいと願うのなら、自分ばかりではなく、純の悩みも同じように解決したいと思った。  純は、結斗が部屋に入ってきて隣に立っていることに気づいても、演奏を途中でやめずに最後まで弾いた。結斗は曲が終わったタイミングで恐る恐る声をかけた。 「純、どうしたの?」 「ん、なにが?」  笑っているのに、目が笑っていなかった。 「え、なにって……なんか、嫌なことでもあったのかなって思って。考えてみたら、俺、いつも純に聞いてもらってばっかりだし、俺も……」  自分も純の話を聞きたいと思った。 「ふぅん、結斗がね……聞いてくれるの?」 「なんだよ、俺だって」

ともだちにシェアしよう!