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瀬川の言葉で急に喧嘩の原因がわからなくなった。純は結斗が勝手に一人で動画を上げたことを怒っていたわけじゃなかったし、ましてや順位にこだわっていたわけでもない。
(あれ、純、何で怒ってたんだっけ)
後半の怒っている純の声が怖くて、あれから、なるべく思い出さないようにしていた。
純、なんて言ってた? 荒れたピアノの後に純が言った言葉。
――なんで、昨日、俺じゃなくて瀬川くんのところに行ったの?
――俺、先に約束したのに。
(あれ? 約束、破ったから? 嘘、ついた、から?)
そもそも瀬川じゃなくて、会ってたのは軽音サークルの峰たちとだった。
「純は……あいつピアノは、楽しくて弾いてるだけだって……」
「へぇ、そうなんだ」
「俺と、遊びたいからとか言ってたし……」
――え、俺と同じじゃね?
瀬川に言い訳のように言った言葉に自分で驚いていた。楽しくて弾いている。
結斗だって同じだ。
昔から変わらない。他の誰と遊んだって、純以上に一緒に音楽をして楽しい人なんていないと思っている。
ふいに、母親がからかうように言った言葉を思い出した。
――同じだけ一緒にいたんだから思考回路も同じよ。なんで分からないかなぁ君は。
(マジで純、拗ねてたの? 俺が他のやつと遊んでたから?)
あの完璧人間な純が? にわかには信じられなかった。一人で音楽している純を見て、寂しかった。
お前も同じ?
確かに、純は、あの日「寂しい」って言っていた。自分は本気で取らなかった。嘘つけって茶化した。
お前も、俺と同じように腹たったの?
「そんなら関係あるんじゃねーの? 遊び相手いないからつまらない、弾かない立派な理由じゃん」
「マジでか」
「しっかし、お前ら、ほんと似てんのな、会うたびにカラオケ行こうって口癖のお前が、急に静かになるし」
拗ねている純なんて想像したことがなかった。いつも笑っているから。完璧だから。
「な、なんか、歌う気にならなかっただけで……」
これ以上言い訳しても、さらに幼馴染との幼稚な喧嘩が露呈するだけの気がした
「そうそう。この前さ、ここで俺『純』と話してただろ。その時にプロのピアニスト目指しているんですか? って訊いたんだよ。まぁ、今思えば、お前と同じで鬱陶しい質問だったかもしれないけど」
「……純、なんて」
ニヤニヤと楽しそうに笑う瀬川を見て、答えは想像出来た。
「プロにならなくても、結斗が一生隣で聴いてくれるらしいから、音楽はそれで十分ってさ」
「何言ってんだよアイツ」
恥ずかしげもなく言葉にしたのだろう。
「結斗が怒るから、秘密にしてねって言われたし、言うつもりなかったけど」
「あ……うん。――なんか、ごめん俺の幼馴染が」
「つか、お前もだろ? バレバレなんだよ。俺が『純』と楽しく喋ってるとき、カウンターからずっと怖い顔して睨んでるの『純』それ見て笑ってたぞ。うちの相方がヤキモチやきですみませんって、砂糖吐くかと思ったわ」
相方って芸人かよ。そもそも結斗が悩んでいた「変」を純は、隠す気がない。
純の覚悟の意味をを知った。
「……とりあえず俺、純に謝ってくるわ、約束破ってごめんって」
約束したのに。行けなくてごめん。寂しいときに、そばにいなくてごめんって。
「お、クリスマスイブにドラマチックに、駆け出しちゃう?」
「うるせー。なぁ、瀬川このピアノってどこにあんの?」
茶化して笑う瀬川を無視して、結斗はスマホを取り出して初めて純のSNSアカウントを探した。別に知らなくても、純のことなんて全部知ってるからと見たことがなかった。予想通り、連絡と最低限のお礼以外個人情報を何も書いていないツマラナイ内容だった。安心した。純は、数時間前にバイトでピアノの調律に行くと書いていた。
「多分、今日から使える、福岡の駅にあるピアノだと思うけど」
「ふぅん、福岡、ね。じゃあ行ってくる」
「え! 今から? 行くなら、連絡してからいけよ。入れ違いになるかもよ」
「入れ違ったら、迎えにこいって言うからいい」
「なに女王様なの?」
――多分、王様だと思う。
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