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花も実もある *

 ソファーの上で、手を握りながら唇を合わせていると好きなら好きでいいし、こんなことは別にしなくてもいいんじゃないかって思う。  子供の時から、そばにいて汚いところだってお互いに見せ合っている。  もちろん自分だって純の綺麗なところだけが、好きなわけじゃないけれど、冷静に考えると、純は小さいころから知り尽くしている結斗のどの辺がいいんだろうかって思ってしまう。  ――だって、もしかしなくても、この前、勃ってたの俺だけじゃん?  結斗は好きだけど、別に身体は欲しくないって言われても仕方ないって思うし、逆に自分ばっかり欲しがってて、無理させてるんだったら嫌だなって思う。 「ねぇ、なに考えてるの?」 「っ……お前、のこと」  ならいいけどと言って、純は結斗を自身へ引き寄せてくる。あんなにベタベタ引っ付いてたのに、改めて目的を持って身体と身体をくっつけるのは、やっぱり少し躊躇してしまう。急に引き寄せられて、思わず反射で身体を引いてしまった。 「結斗は、俺としたくない?」 「し、たい……けど、お前って、俺の身体どうこうしたい、とか思う?」 「うん。普通に」 「普通にって、も、もう少し具体的に」 「具体的にねぇ」 「……どこまで? その無理してないか? だって、この前、お前、別に勃ってなかったし」 「あぁ、そういう心配? 結斗がお風呂入ってる間に抜いてたよ?」 「は、マジで? 俺で勃つの?」 「そんなこと心配してたの? 人のオナニーは覗き見してたのに」 「は、はぁ?」  唐突に言われた言葉に頭が追いつかない。 「まぁ、別に見られてもいいかって思ったけど、結斗がオカズにしてくれるかなって」 「お前、もしかして、あれ、高校のとき、俺見たの気づいて……」 「あの状況は普通に気付くよ」 「へ、変態……なの」 「だから、言ったじゃん。俺は変でおかしいって、知らなかった? ゆいと一緒だよ」 「い、一緒にすんな! 俺は、お前なんか」  ずっと、純を自分と同じにしたくないと思っていたのに、純は、自分以上に性癖がアレだった。 「俺なんか? 好きじゃない?」  純は結斗の顔を覗き込む。そんなふうに甘えたって絶対絆されたりしないと思った。結局、その顔で優しくされたら、全部チャラにするし自分がチョロいのは自覚済みだ。 「……お前なんか、知るかっ!」 「知らないなら、知ってよ」 「その知らないじゃねーよ!」 「ねぇ、全部知って。別にもう隠したりしないから、ね」  セーターの下から純の手が潜り込み腹部をゆっくりと撫で、その手が胸元へ伸びてきた。肌の上を滑る純の手のひらを感じて背中がぞくぞくする。けれど、その興奮を知られたくなくて、強がって文句を言った。 「ッ、さむい!」 「じゃあ、抱いてあっためてあげるから、脱いでよ」  恥ずかしげもなく、そういうことを言う。  そんなふうに倒れるギリギリまで体温を上げられる。もし倒れたら、看病してくれるんだろうけど。 「脱いだら寒いじゃん」 「ふぅん、着衣が好きなら、それでもいいけど?」 「もういいです。脱ぎます。脱ぐから、純も脱いでください」 「最初から、そう言えばいいのに。別に、結斗の裸見たからって今更萎えたりしないよ、大丈夫大丈夫」  これ以上、あれこれ言ったところで、遊ばれるだけだと思ったし、出し渋るほど大層な身体でもない。純が言う通り今更だ。純は結斗の身体なんて、もう見飽きるほど見慣れてるんだろうから。  結斗はソファーから立ち上がって、ぽいぽいと服をその辺に投げる。  もう、いいやって思った。やっぱり土壇場で純に無理って言われても指差して笑い話にしてやると思った。純に背を向けたままで全裸になって振り返ると、同じように脱いでいた純に抱きしめられて、何か言う前に後ろのベッドに押し倒された。 (そんな、がっつくような身体か?)  切実さが募る。 「ッ、純、重い……」  純の体重が重くて、その重さが心地よかった。耳元に純の呼吸が掠めた。 「ゆい……しよ。いっぱい、今日もこれからも、大好きだから」  見飽きた身体で、こんなに喜んでくれて嬉しいと思った。心配してたけど純もちゃんと、自分と同じように興奮してて、良かったって思った。  考えてみれば、着替えくらいはいつも見てるけど、全裸なんて見たのは、純が小学校の時以来だった。  自分の性の対象として幼馴染を意識しだしてから、無意識に見ないようにしていたのかもしれない。怖くて、申し訳なくて。こんなにも大事な幼馴染を自分と同じにしたくなくて。  高校の時に身長を抜かれた。結斗のなかで純の成長は、ずっとそこで止まっていた。  あんなにくっついていたのに、何も知らないじゃんって思った。  小さい頃は、ひょろっとしてた身体は、ちゃんとしっかりと筋肉が付いていて、想像してたよりも純の身体はずっとたくましく成長していた。  ピアノの調律なんて重労働だし、きっと頑張って鍛えたんだろうなって思った。  ふいに、涙があふれてきた。勃たなかったら、笑ってやるって思ったのに。  バカみたいにこの幼馴染が大好きだった。 「泣いてる?」 「うるさい」 「そんなに、泣いたら、俺、興奮するよ?」  服を脱いだ時に少し乱れた純の黒い滑らかな髪に触れた。ずっと、触りたかった。  昔と同じように。でも全部が同じじゃない。 「バカ」 「笑いなよ、いつものぶすっとした顔もいいけど、笑ってる方が、俺は好き」 「じゃあ絶対笑ってやんねぇ」  いいながらも笑っていた。声が興奮で震えている。純だって同じだから、もう隠さなくていいやって思った。 「じゃあ泣いて」  純は結斗の興奮に手を伸ばし、あの夜と同じように擦ってきた。けれど、この前みたいに抵抗なんてできなくて、欲しいばっかりだった。深く口付けを交わし、それだけじゃ足りないからと舌を絡ませる。飲み込めなかった唾液は口端を伝い、喉を伝った。 「ッ、ぁ……あ……」 「きもちいい?」  キスの合間に純はそう聞いてくる。 「んっ、き、もちいい……よ」 「じゃあ、もっと、する?」  純は、にっと熱っぽい瞳で結斗を見ると、胸元に口付け、そのまま下腹へと下がっていく。そして、ぎりぎりまで熱を高められた結斗の中心になんの躊躇もなく口付けた。 「ちょ、まて」 「待つの? なんで?」 「お前、そんなん、どこで覚えてくんの?」 「結斗の部屋のエロ本」 「はっ、なん、んんんっ」  純はそういって笑うと、そのまま口に含んで竿の部分へ舌を這わせた。  結斗の部屋にある、そういう漫画を読んでも純はいつだって興味なさげだった。興味なさげなのに渡した本には全部目を通していた。  感想はいつも同じ「ゆいは、こんなのが好きなの?」だ。  忘れていたけど、いつも、その言葉のあとに不思議なことを言っていた。  純は、分かった。って言っていた。  人のセックスの好み調査してるんじゃねーって思った。 「ッ! あっ――やぁあああっ」  ざらざらとした純の舌のナマの感触に腰が勝手に動いてしまう。気持ちいいのを隠してもバレバレで、純は、結斗が気持ちよくなってるのをくつくつ笑いながら楽しそうに舌でいじめてくる。 「あ、あ……も、むり、むりだからぁ、口、はな、せ、でる……いく、いくから」 「いいよ? だしなよ」 「ぁ、や、やだって、や、あああああっ!」  頭を振って抵抗したけれど、純はお構い無しに結斗が極めるまで口を離してくれなかった。  溢れた精液が、純の口から手のひらにこぼされる。あぁ、お前に見せたやつになんかそういう漫画あったなと思った。  そういうエッチなことがやりたいんだと純にリクエストしたつもりはこれっぽっちもなかった。見せなきゃよかった。 「ッ……も……しにたい」 「死なないでよ、まだ、俺やってない」  別に純もしたいなら、同じことをしたっていいと思った。手でも口でも、そう思って身体を起こそうとしたら、反対にベッドに縫いとめられた。ふかふかのベッドのスプリングが沈む。 「なんで、純、俺も、するから」 「それは、今度ね」  純は、そういってにっこりと笑うと、結斗の片脚に手をかけ、結斗滑りを纏った指で後孔へ触れた。 「ま、まじ……で。するの」 「うん、いい?」  ダメじゃないと思う。  けれど純が正直そこまで、望んでいるとは思っていなかった。痛いくらい耐えてもいいけど、初めてそこを使って純を満足させられる自信はない。 「い……けど。気持ちよくなかったら、ごめん」 「大丈夫。痛かったら言って」  自分だけ気持ちよくしてもらうつもりはないので、出来るだけ頑張ろうとは思ったけれど、怖くないと言えば嘘になる。  純の指が一本、中に入り管を探るように動く。こんなことして純は嫌じゃないのかなって思った。  入れるところじゃないし、気持ちよくなりたいなら手とか口でした方が絶対気持ちいいよって提案しようと思った。熱心に内側を純に捏ねられているうちに、背中がぞわぞわして、じんわりと熱が身体に広がっていく、もどかしい感覚に戸惑った。  前を擦れば気持ちよくなるが、後ろを触られていると、物足りない刺激が発散できなくて、ずっと苦しいのが続く。一度射精しているから、すぐには勃起しないし先走りが染みるだけだった。  ふと顔を上げると、純の熱っぽい瞳が見えた。  純、俺のこと、欲しいんだってって思ったら、胸がぎゅっと締め付けられた。  嬉しくてたまらない。こんな幸せなこと、あるんだって思った。 「ッ……ふ、ぁ……はぁ……」 「結斗、どう?」 「どう……って」 「気持ちいいとこない?」 「もう、い、いいから、純、挿れたいならいいよ、俺ばっかだし」 「せっかくなんだし、二人で良くなりたいから、もう少しがんばろ?」  それは初心者だし無理なんじゃないかなと思って、苦しいし交代しようと上体を起こした時だった。 「ッ、あ!」  がくん、と身体から力が抜ける。身体を起こした時に、純の指が触れたところから、スイッチを切り替えるように、頭の中でバチッと衝撃が走った。  体が変になった。その刺激が怖くてシーツを握る。 「結斗?」 「あ、だめ……じゅん、ゆび、ぬ、ぬいて」 「ここ?」 「あぁ、あ、むり、もう、やぁあ」  差し込まれた二本の指を内側へ折り曲げて刺激されると堪らなかった。文字通り腰が砕けになるような甘い快感に翻弄される。萎えていた結斗のそれが、また熱を持ち始める。 「よかった、きもちいい?」  幸せな音楽で満たされた。そんな幸福な時間を二人で共有している。 「ぁ、も、無理っ、やだぁ……もう、ま、って、きもちいの、むりだから」 「ゆい、中、入らせて」  シーツを掴み快感に悶えている結斗を見て純は、その結斗の手を握った。 「手、繋いでたら、大丈夫?」  甘えるような純の目。好きだなって思った。何度も頷いた。 「――ッ、いい、から、欲しいよ。純」  切実な純の瞳に求めに応えたかった。でも、初めてだったから上手く出来なくて、結局また純に甘えていた。全部気持ちよくされた。  結斗のぐずぐずになった後孔へ純は自身の昂りをゆっくりと沈めてきた。 「ッ、ぁあ――あ」  結斗は純の背に腕を回してぎゅうぎゅうと抱きついた。 「ッ、ゆい」 「純、ぁ、あああ」  中を広げるように進むそれに、結斗は気持ちいいところを強く圧迫される。純が結斗の最奥に辿り着くまで我慢できずに、純の熱棒を強く締め付けて極めてしまった。  もっと、純に気持ちよくなって欲しかったのに、純も一緒にそのまま達してしまう。  じわじわと、純の熱が結斗の内側で広がっていく。  初めてで全然うまく出来なくて、申し訳なく思っているのに、自分の上に覆いかぶさっている、純の顔を見ると、なぜか幸せそうに笑っていた。 「っ……ぁ、ごめん、へたくそで」 「どうして? 俺は一緒にいけたからよかったよ」 「こんなので?」 「結斗が最初から上手だったら、びっくりする」  そういって抱きしめ合っていると、まぁそれならいいかと思った。確かに、純のえっちが上手過ぎても、どこで練習してきたんだって思う。 「うん、じゃあ満足」 「次はもっと、頑張ってください?」 「一緒にね?」  そういって笑いあった。  隣にいる純のことで知らないことはないってずっと思っていた。  考えてみれば、知ってるつもりでも、知らないことはあるし、まだ聞いてない隠し事だってあるかもしれない。  家族より長く一緒にいても、どんなに思っても、純の全部を知ることは出来ない。そのことを悔しいとか寂しいって思うのは、同じだけ一緒に過ごしてきた幼馴染だからだろうか。  違う気もした。  時間なんて関係ない。結局のところ、好きなら当たり前の感情だった。  ――こんなに一緒に過ごしてきたのに、まだ知らないことがあるなんて?  前向きに考えれば、それはそれで楽しいと思う。 「もう、寂しくない?」  純は、そんな可哀想な思考回路の幼馴染を知ってか知らずか、からかうように訊いた。  自分だって同じくせに。誕生日だって数ヶ月、先に生まれただけ。  春に生まれた純と、夏に生まれた結斗。  結斗が純のことで知らないのは、純が先に生まれた年の春のことだけだって思う傲慢。 「寂しいから、ずっと一緒にいてよ」  満たされない音が、満たされる瞬間が好きだと思う。そんなお付き合いをしたい。 「うん、いいよ」  すぐ返事するなよって思った。つけあがるから。  純が自分とさえ、出会わなければと思った日もあったけれど、きっと純は自分と出会わなければ、すごくツマラナイ人間だったと思う。  結斗が誰かの心を動かす歌を歌えるのも純がいたからだし、純がピアノを好きでいられたのも自分がいたからだ。  それなら良かったじゃんって思えた  花も実もある。この寒い冬の日に、純が生まれた日の春を思った。                                  終わり

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