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VIII

 一瞬迷う素振りを見せるが、アルベルトが小さく頷く。 「オレと玩具と、どっちがいい?」  張形を手に、選択権を与える。彼は僅かに目を瞠り、暫く黙り込む。だがやはり堪えきれないといった様子で、唇を震わせる。 「…………おまえ……が、……ヨハンのが……いい」 「どうして?」  どうしてあんな声で呼んでいたのか。上着の匂いを嗅いでいたのか。女遊びだけを頑なに禁じたのか。「過去を知りたい」などと言い出したのか。毎晩発散しているのに、物足りないと感じているのか。屈辱を受けてもなお拒絶しないのか。  ヨハンが答えを知っていることを、彼自身も気がついている筈だった。口に出せばすべてが終わってしまうと知りながら、それでも。 「……好き、だから……だ……」  そう、もっと早く気付くべきだった。何も訝る必要も、悩む必要もなかった。こんなに簡単なことだったのに。  体の奥から高揚が沸き上がる。勝負に勝ったときのような、己に対する絶対感。可笑しくて堪らない。アルベルトの態度は至極分かりやすいものだったが、言葉にすると途端に陳腐に思えるのは何故だろう。  アルベルトの想い人――「弱点」とは、ヨハン自身のことなのだ。 「素直に言えたから、約束どおりくれてやるか」  ヨハンは硬く張った自身を後孔へ押し込み、なるべく時間をかけながらゆっくりと中へ埋め込んでいく。  ぐぽ、と亀頭が嵌まると腸壁が急に狭まるような感触がした。見ればアルベルトが目を見開き、呼吸を乱している。 「くう……ぁ、はぁっあ゛ぁ、あ……♡」  中を痙攣させながら生き物のように包み込んでくる。思えば態度はよそよそしくとも、アルベルトの雄膣はいつでもヨハンを歓迎していたし、数多の経験を重ねた娼婦に負けず劣らず居心地が良かった。  白濁を伝わせるアルベルトのものを指で弾く。 「半分も入ってねえってのに、またイッてるじゃねえか。今日はまったく堪え性ないな」 「……っ、う……」  膜を張った瞳から滴がこぼれ落ちる。これまで見たこともない、主人の恥辱にまみれたか弱い姿はヨハンの興奮を更に煽った。  僅かに逃げ腰なアルベルトの下半身を押さえつけ、腰を揺すりつつ中に馴染むのを待ってから、壁に擦り付けるように抜き差ししていく。びくびくと下肢を波打たせながら、アルベルトが闇雲にかぶりを振った。 「ひぃっやだ、も……いやだ……! ヨハンやめてくれたのむ、ヒッゃあああっ」 「いつもはあんたが一回イッて終いだったからな。悪いがオレは全然満足できてない、付き合ってくれ」 「……!!」 「おっと、顔も隠すなよ。白けるだろ」  彼の手から枕を遠ざけたのは、彼がいつもしていることをさせない為だ。一度達した後、枕に顔を埋め目を閉じ、感覚を遮断しようとするのも「感じていると悟られない為」だという予想は、どうやら合っているらしい。 「あ、あぅ、んんっ、ううう♡ 抜い、てぇ♡ とまらな……♡ とめて、もぉうごくなぁっ」  突く度に奥がきつく締まる。アルベルトはすっかり取り乱し、泣きじゃくりながらも身体を弾ませくねらせる。胎内を擦られる度に律儀に漏らす悲鳴は聞いたこともないような甘さで、確かにこんなみっともない声は聴かせたくないだろうと思考の冷静な部分が嘲笑っていた。 「おいおい、好きな男に抱かれてやめろ抜けはねえだろうが。オレを選んだのはあんただぜ。もっと嬉しそうにしろよ」  掴んだ頬を上向かせると、快楽に蕩けきった眼がヨハンを見上げる。 「……っだから、だ。嬉しすぎて抑えが利かないから、これ以上されたらおかしくなる……っ♡」  思わず手の力が強まる。どういうつもりで言っているのか知る由もないが、それを言い訳にしてやめる気になる筈がない。  ヨハンは口端をつり上げ、抜け落ちる限界まで引いた昂りを一気に奥へ進めた。 「そういうこと言われると逆に盛り上がるだ、ろ!」 「ッひああぁぁ゛♡♡」  恥骨がぶつかるほどの勢いに、膨らんだ喉が嬌声を上げてのけ反る。  角度を調節しながら突き進むと先端が窪みに当たる。それを押し上げるように深くまで捩じ込み、ゆったりと腰を巡らせた。 「ンぁっは、っっ♡♡ そこぉ♡ だめ、クるっ♡ 気持ちよすぎる♡ ヨハン、んん……っ♡」 「んー? アルベルト様のイイところはここか?」 「っあ、ちが……、もっと……っああぁあ♡ あ゛ー♡ あはぁ♡」  わざとヨハンが腰を引かせると、ついにアルベルト自ら腰を揺すり奥へと招くようになる。最早抗えなくなっているのは明らかだった。  あの誇り高いアルベルトが。どんなに身体を重ねようと嬌声一つ漏らさず、いつでも澄ました顔でヨハンを弄んでいた彼が。  今は自分の手によって翻弄されているのだ。支配権を握っている。こんなに心躍る娯楽は他に存在しない。  体重をかけながら全身でアルベルトに覆い被さり、徐々に速度を上げていく。獣のような荒い息が喉元を掠める。不意に首を引き寄せられ、拙い仕草でアルベルトの唇がヨハンのそれを吸う。  口付けは嫌いではない。ただしそれは相手が女性に限った話だ。求められるまま舌を絡め、唇を合わせても、そこに情動は無い。  だが相手が自分に惚れているとなれば、懸命に口付けを求める姿が可笑しく、悪い気はしなかった。 「ぷあ……ヨハン……っは、ヨハン……」  ヨハンの頬を撫で、いとおしげに細められた瞳は記憶にある彼の姿と何ら変わりがない。これまで何度も同じように見つめられてきた。 「そんなにオレの顔が好きか?」 「顔だけでは、ない……ぁ、んっ、俺はほんとうに、おっ、お前のこと、を……」  いっそ吐き気がする。甘ったるい視線も掠れた声も触れる皮膚の熱も、すべて。  ありったけの感情を込めながらアルベルトの首を掴み、その指先で喉を締めつけていく。 「そりゃご苦労さん。残念ながらオレは異常者じゃねえから、男を好きにはならないが。ま……けどそこまで言うんなら女の代わりに使ってやるか」  アルベルトの肉体をシーツに縫い留め、強い力で腰を打ち付ける。苦痛に歪んだ顔が紅潮を増していくのと同時に腸内が蠢き、痛いほどに締まる。  興奮した家畜じみた呼吸が繰り返され、ヨハンの胸元に縋る手が震える。目尻から涙を流していても、薄緑色の眼は飽くまでヨハンを仰ぎ見続けた。 「はァッあぐ……ゔぅ、あ、っあぁ、ぅ……っ♡♡」 「スゲェ、締まる締まる……そろそろ出るわ」 「ひっ♡ うぁ……アぁっ、ッん、ひう、んんんっ♡」  気遣いも何もない勢いで奥を押し上げ、射精に向けて自身を追い詰めていく。息苦しさに喘ぎながら既に何度目かの絶頂を迎えるアルベルトの屹立が白濁を吐き出した。  ヨハンは首を締める力を更に強め、上下からアルベルトの身体を押さえながら胎内をごちゅ、と穿った。 「っぎ、イ゛ッ……♡♡♡」  壁にぶち当たる感触を味わいながら、下肢を震わせヨハンはそのまま情欲を解き放った。無論、アルベルトの胎内に。  手を離すとアルベルトが激しく咳き込み、そこから膣圧がゆっくりほどけていく感覚が存外に心地好かった。肉棒を抜き去った後からは白濁が零れ糸を引く。いつにも増して無茶をしたが、今までヨハンを呑み込んでいた柔軟な後孔は傷一つ見当たらない。それどころかすぐには閉じずに中が覗けるほどの空洞を拵えているのが気味の悪さを誘った。 「愛しい男に中出しされた気分は? 訊くまでもねえか」  四肢を投げ出し寝そべる姿は茫然自失としか言いようがない。自身も息を整えながら、虚ろな目を天井に向けるアルベルトを暫く見つめたヨハンは、アルベルトの脚を抱え直すとその体をうつ伏せに倒し、もう一度肉塊を腸内へ埋めていった。  動きの鈍かったアルベルトが、びくっと体を強張らせろくに力の入らない手足でもがく。 「い……っあ、ふあ、あ゛……ッッ♡ ヨハ、ンッ、もうむり、無理だ、ゆるしてっ……」 「無理じゃねえよ、一人で遊ぶほど有り余ってんだろ?」 「もおいきたくないぃ♡ ……あ、うっ、あっぁッ♡」 「腰揺れてんぞ。淫乱」  腰骨を掴み赤く染まった尻たぶに調子良く打ちつける内、半ば萎んでいた自身が硬さを取り戻していく。膨らんだ昂りでひたすら奥を責め続け、好き勝手に揺さぶる。  踏ん張る余力も既にないのか、アルベルトは腰だけを支えられた状態で崩れ落ち、額をシーツに擦りつけ、しかし腹の奥では絶えず狂おしくヨハンを包んだ。  ヨハンは背後からアルベルトの髪を撫でた。汗で張りつく髪を退け、露出させた耳元へ顔を寄せる。 「いい気味だよ。あれだけ偉ぶってたくせに、人間痛みには強くても快楽には弱いって本当だよな」  アルベルトの目がヨハンに向けられる。快楽に蕩けきった筈の瞳に、強い意思が宿るのを確かに見る。彼は目頭に涙を溜めたまま、悔しさを押し殺すように唇を噛み締めた。 「……そこ、まで、……俺を嫌うか」  その瞬間、胸の奥にとてつもない不快感が湧き上がった。  目一杯の力でアルベルトの頭を掴む。ヨハンは憤りに奥歯を食いしばり、低い声で唸った。 「ああ嫌いだ。大嫌いだ。だけど勘違いされちゃ困る。あんたが貴族だからでもオレの生まれが卑しいからでもねえ、あんたがオレを見下してるから、それだけだ」  ヨハンの容姿をひたすらに褒め称え、奴隷呼ばわりしながら性欲処理を命じられること。たったそれだけだとしても、憎悪を募らせるには十分だった。  アルベルトの言葉が本当か嘘か、ヨハンにとってはあまり問題でない。重要なのは内容よりも、彼に弱みが存在するということだ。主人の反抗心を奪い、高慢な態度を突き崩すことさえ出来れば良かったのだ。 「オレを憎みたきゃ好きに憎めよ。望むなら屋敷からも出てってやる。その代わり退職金はたんまり貰うがな」  彼の顔をシーツに押しつけ、律動を再開させる。後背から抱いていれば憎い男の顔を見ずに済み、幾らも気分が楽だった。肉欲と憎悪がない交ぜになった情動に任せ、乱暴に内臓を突き上げる。  泣き声と艶かしい吐息が混ざった喘ぎをひっきりなしに上げるアルベルトの下で、すっかり色の薄まった精液が飛び散った。

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