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XII

・・・  数日経ったある日、アルベルトの元に一通の文が届いた。伝令から受け取った手紙をヨハンから渡されたアルベルトは、手紙に捺された刻印を目にし、眉を潜めた。  ヨハンにはその刻印が誰のものか、手紙に何が書かれているのかさっぱりわからなかったが、それを読み終えた主人の顔色があまり芳しくないのを見て、何かあるとは窺い知ることができた。 「これが届いたのは今日か?」 「確か鐘の音が聞こえてすぐでしたので……日の出の時分ですね」 「ということは、早くて十日程度か……」  何かを呟いたアルベルトが、物憂げに溜息を吐く。一体どんな内容なのかと興味をそそられていると、おもむろに椅子から立ち上がった彼は手紙を閉じながら窓辺のほうへ歩き出した。  そして、遠い目で外を眺める。 「大切な客人が来る。客間を整えておくよう、他の者たちに伝えろ。無論、俺の客だからお前も無礼を働かぬよう心得ておくのだぞ」 「……客って?」 「西を治める、マルクラム伯爵のご令嬢だ。数日ののちにこの屋敷へ赴くと書かれていた」  伯爵ということは、アルベルトと同じ貴族の客ということだ。その上、位も高い。令嬢――つまり娘といえど、大切な客人というからには粗相も勿論許されない。  ヨハンが平民の出自だということは、ヘルムリッヒ家の屋敷の人間のみが知っている。一歩外に出れば、事情を知らない者からすれば「アルベルトの従者」という役だけが評価されるのだ。  ……ところで、アルベルトが口にした名には聞き覚えがあった。国土を任された領主の名であれば、いくら情勢に疎いヨハンであろうとも知らない筈がないのだが、やけに記憶に新しい気がする。直近で耳にしたのはいつだったかと頭を働かせる。 「お前との逢瀬もお預けになってしまうな」  考え事をしている内に、ヨハンの目の前まで距離を詰めていたアルベルトがするりと腰に手を回してくる。  思考を打ち切られたヨハンは不快な顔色を隠しもせず、アルベルトの視線に皮肉めいた笑みを返す。 「貴族の相手は面倒だが、あんたの我儘に付き合わずに済むってんなら清々するよ」 「ふ、寂しいからと何処ぞの馬の骨と浮気するんじゃないぞ」 「どうだかな」  自分からアルベルトを求めることは、天地がひっくり返ろうと有り得ない。膝をつくのは好意を抱いたほうと決まっているからだ。  日々アルベルトを奴隷として抱き続け、今更他の誰かを代わりに見繕おうなどとは考えなくなっていたが、毎日の楽しみとしていた日課が無くなると確かにつまらない。だが、客が来ている間は流石に手を出す訳にもいかない。大人しく従者を全うするのが良いだろう。 「……あ。そういやあ……」  ふと、以前アルベルトの部屋を漁ったときのことを思い出す。そのときは何か秘密がないかとあれこれ探っていたのだが、めぼしいものは特に見つからなかった。  しかし、今となってみると「あれ」も確かにアルベルトの「秘密」に違いなかったのだ。 「なぁ、いいこと思いついたぜ」 「何……?」  たちの悪い笑顔を浮かべるヨハンに、アルベルトは少し表情を強張らせて首を傾げた。  人を乗せた馬が辺境伯邸に到着したのは、文が届いて十二日後の夕方だった。  門の前で彼らを迎えたアルベルトとヨハンだったが、そこに現れたのは、立派な口髭を蓄えた中年の紳士だった。 「ふう、長旅は疲れますな。まったく嫌ですよ年を取るのは」 「まさか伯爵自らお越しくださるとは……てっきりリーゼロッテ嬢お一人かと」 「大事な娘を、一人で送り出せる筈がないでしょう。それに、是非アルベルト卿とは直接お話ししたいことがございましたからな」 「ともあれ、ようこそお越しくださいました」  伯爵の後に続き、従者の手を借り若い女性が馬から降りる。控えめな印象だが、見目麗しい彼女こそ、マルクラム伯爵の息女リーゼロッテだろう。  側に控えるヨハンは彼女の姿を前にし、ようやく思い出した。  アルベルトの「元」婚約者――名はリーゼロッテと聞いた。つまり、目の前にいる女性がアルベルトとの婚約を破棄したということになる。  しかし、何故破棄しなければならなかったのか。イルゼすらその理由は知らなかった。アルベルトが同性愛者であるが故と予想したものの、本人がそれを認めたわけでもない。婚約破棄はヨハンがアルベルトと出会う以前にされたもので、ヨハンが原因というのでもない。  興味は、勿論ある。 「アルベルト様……ご無沙汰しております。この度は急な来訪、お許しくださいませ」  リーゼロッテが衣装の裾を摘み、深く頭を下げる。そのとき、僅かに足元をふらつかせた。  すかさずアルベルトがその肩を支える。彼は外交を行うときと同じ普段どおりの笑顔を浮かべ、元婚約者の手を取った。 「お気になさらず、リーゼロッテ嬢。他ならぬ貴女の頼みです。遠路はるばるお越しいただき、さぞお疲れでしょう。部屋を用意致しましたので、無理なさらずお休みください」 「……ありがとうございます」  二人が見つめ合う様はまるで教会の壁画のようだ。貴族の気品がそう感じさせるのか、美男美女だからか、あるいはどちらもか、一見すると婚約を破棄した間柄とは思えない。  しかし、ヨハンにはリーゼロッテの表情に少し翳りが見える気がした。どこか緊張しているようにも窺える。口ぶりからしてアルベルトと伯爵との間に遺恨は感じられないが、表に出さないだけでわだかまりは残っているのかもしれない。 「ではお言葉に甘えるとしましょう。いやいや、相変わらずアルベルト卿は実に懇篤なお方であられる」 「っ、」  伯爵がすいっとアルベルトの肩に手を回した瞬間、アルベルトの表情が曇る。すぐに平静を取り戻すが、一瞬の変化をヨハンは目敏く見ていた。居心地が悪そうに強張る腿に気づく人間は他にいなかった。 「どうかしましたかな?」 「あぁ、いえ、少し陽の光が眩しくて。さあ、どうぞ中へ」  ヨハンは先立って扉を開き、アルベルトたちが通り過ぎるのを辞儀をしたまま迎えた。気取られぬよう僅かばかり首を持ち上げ、彼らの背中へ視線を向けると、ほんの一瞬アルベルトと視線が合い、すぐに逸れる。  流石、すまし顔をするのはお手の物だ。貴族の名に恥じないその胆力は素直に称賛に値する。たとえ持ちかけたのがヨハンだとしても、危険を冒し賭けに乗る時点でとても真似などできない。 ・・・  数刻前、アルベルトが身支度を整え終えたところで、ヨハンは寝台に彼を呼び寄せた。己が腰を下ろし、上にアルベルトを跨がらせた体勢になると、枕の下に隠しておいた鉄具を目の前に取り出した。それを見た瞬間、アルベルトは顔色を変える。 『なっ……何故それを、いつの間に』 『前にあんたの部屋漁ったとき、偶然見つけちまった。けどそのときは、娼婦にでも使ってんだろうと大して気にも留めなかったんだよな。コレで慰めてんのはあんた自身だろ?』  ふいと顔を背ける仕草は、肯定を表していた。  ヨハンがたまたま覗いたときも、似たような玩具を使っていた。あれも、ヨハンが今手にしているものも、アルベルトが自慰の為に所持する中のごく一部だ。  前に見た張型よりもっと小ぶりで、形は波打つ曲線を描いている。目的を明確にして使えば、十分な効果があるだろう。  アルベルトの口元に、細まった先端をあてがう。口角に親指を差し込み半ば強引に開かせると、従順な舌が鉄をそっと這う。 『しばらく寂しいだろ? 閉じちまわねえように拡げておかないとな』  下衣の合わせ目を解き入り込む手に、アルベルトは焦って身を捩った。抵抗に構わず尻肉を掴み、その奥へ濡らされた鉄具をゆっくりと押し込んでいく。 『く……ふっ、ぅンっ』  快感に吐息を漏らしながら、ヨハンの服の裾を掴み身体を震わせる。取っ手の直前までを中に埋め終えると、ヨハンは彼から手を離した。両手を肩の位置まで挙げ、まるで何事もなかったような顔をするヨハンをアルベルトは恨みがましい目で見つめた。 『次ヤるまでちゃんと挿れておけよ?』 『まさかずっと、このままでいろというのか』 『平気なふりは得意だろ、アルベルト様』 『いくらなんでも悪ふざけが過ぎるぞ……! これから大切な客を出迎えると言った筈だ!』 『まあまあ、落ち着けって。いつもそれよりうんとデカイもん挿れてんだし、大したことねえと思うがなぁ。……じゃあ、バレずに過ごせたら一つ望みを聞いてやる。どうだ?』 『……望み?』  その一言に胸ぐらを揺する手が止まる。期待を隠さない浅はかな態度にヨハンは鼻を鳴らし、目の前の唇に人差し指の節を押し当てた。 『そうだな、たとえば口付けとか』 『!』 『上手くやれたら、腰が砕けるほどの口付けをしてやるよ』  それはヨハンにとってただの気紛れに過ぎなかった。普段、身体を拓かせる際に口付けを避けていることを、彼が不満に感じていることを知っていた。  自分としては男を相手に拘りもなく、敢えてアルベルトの喜ぶことをしてやる義理はないからというつもりだったのだが、鞭ばかりでなく飴を与えるのも「主人」の役割だろう。 『……策士だな、お前は。余程、己の価値を知っていなければそんな交渉は持ち出せまい』 『そもそもオレに価値を見いだしたのはあんただからな。嫌になるくらい』 『そうか……そうだった』  アルベルトは途方に暮れたような笑みを浮かべ、ヨハンの動作そのまま真似をする。人差し指を相手の口元に当て、その指にちゅ、と唇を落とした。 『約束だぞ』

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