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第3話
「さっきはすみません。先輩? 困っていたみたいだったからつい、『つきあっています』なんて言ってしまったですけど」
園芸部の備品が管理されている倉庫へ向かう道すがら、伊福は何とか噛まずに文法がやや怪しい日本語でユキちゃんこと沓名に謝る。
彼の名前は沓名雅雪。
伊福が思った通り、高3の1つ上の先輩。また、沓名は知らなかったが、10歳から14歳までファッション誌のモデルをしたこともあるらしい。
「いえ、お陰で助かりました。元々、写真に撮られるのは苦手で。つい、つきあっている人が嫌がるので、お断りしますと言った時に直樹くんが現れて」
先程、沓名に迫っていたのはどうやら写真部の先輩だったようだ。
何故、沓名が伊福の名前を知っていたかというと、伊福がとあるクイズ大会の第1回戦に出ていたからだと言う。
「Thank youやMerciはありがとう。では、ヒンディー語では? あと、天麩羅やピクルスといったものに調理でき、孔雀サボテンの別名を持つ花は? とか」
学校が違う4人の高校生が1つのチームを組み、策略を巡らせ、頂点を目指す。その年、優勝したチームメンバーは四天王と呼ばれ、知の勝者として崇められる。
というのがコンセプトのクイズ大会だった。
「見てたんですか? あの大会」
「ええ、クイズ、結構好きなんですよ。最終問題は惜しかったですけど、直樹くんは博識なだけでなく、計算問題も早くて、びっくりしました」
沓名は「あの時の直樹くん、凄くかっこよかったです」と笑顔で言うと、伊福は何とも言えない気持ちになる。
何か言えなくても、言わないと。
何も言わなければ、園芸部の備品置き場の倉庫に着いてしまい、沓名は伊福から去って行ってしまう。
「あの、沓名さん。さっきの、つきあっているという、話なんですけど……」
この人生でまさか、あんな風に人前で『つきあっている』宣言をして、あまつさえ、その勢い? で、『つきあってください』と同性に告白してしまうなんて思っていなかった伊福だが、沓名はあっさりと承諾した。
「え、つ、つきあってくれるんですか? 僕、可愛い後輩の女の子ではないですけど」
「ええ。君は女の子ではなさそうですね」
「綺麗な年上のお姉さんでもないですけど」
「ええ。君が今よりも未来から来た直樹くんでもなければ、僕の方が年上でしょうね」
俄かには信じられなくて、伊福は何度も確認するが、その度に沓名は「ええ」と丁寧に返す。その様子に、伊福は前世、どんな善徳を積んできたのかと思ったが、控えめに微笑む沓名を目の前にすると、神様も裸足で逃げ出す程の善徳を積み、それが報われぬまま人生を終えたのだろうと深く考えるのをやめた。
ただ、沓名とつきあえるのは喜ばしいことだったが、つきあう……というのは、告白したばかりの高校生の伊福が思っていた程、簡単なことではなかった。
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