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ぼくらのであい(1)
「なあ、お前はどう思う?」
「うん、結構いいんじゃない?ああいう先生、僕好きだよ。」
僕らのクラスに教育実習の富永先生ってのがやってきて、もう2週間になる。
この先生、昔はこの中学校では相当な問題児だったというよくあるパターン。
若くてそれなりに格好良く、女子生徒に人気があるのはもちろんのこと、普段どの先生も手を焼くような奴らからも支持を得ている。
実際、職員室に臨時に設けられた彼の席には、髪の色が違う先輩ばかりがたむろっていて、僕らのような普通の生徒は、怖くて近寄れないくらいだ。
「昨日ね、とうとう木村も落ちたんだって。」
「へえー、ほんとー?」
木村っていうのは、うちの学年の番長格。
「あいつは無理だと思ってたのにな、やっぱあの先生すげえよ!」
煙草を吸ってる生徒には、本物の先生があたふたしてるのを尻目に、平気でぶん殴るという。
「10年早いんだよ。」
っていう、その言い方が、なんとも教師臭くなく、修羅場を潜り抜けてきた兄貴のような、包容力と説得力があって、それで大概の生意気な奴らも、まんまと富永先生の虜となってしまうらしい。
そういったわけで、僕なんかとは特に親しく喋る機会も無いまま、もうすぐこの先生はいなくなってしまうんだなと思うと、ほんの少し残念な気もしていた。
そんなに涙が出るほど悲しいってわけじゃないけど、やっぱり少し淋しいかな…
そんなことを考えながら、学校へ向かっていた。
と、そのとき
「おはよう!」
ポン…と、僕の肩を叩いてきた、爽やかな声は、
「あ、おはようございます…」
紛れもなく、富永先生だったのだ!
「郁 は早いんだなあ。俺なんか今日になってやっと遅刻しないで起きれたわー。」
「え?先生、僕の名前知ってたの?」
「あったりめーだろう?」
全然、喋ったこともないのに、自分の名前を覚えていてくれたっていうことだけで、僕はすっかりこの先生に心を許せる気持ちになっていた。
「先生、もう明日で終わりだね」
「そーなんだよー。あっという間だったよなあー。あんまりお前とかと喋れなかったしな、つまんねえよ。」
「あははっ、そう?」
「あっそうだ!明日さあ、学校終わったら、みんなでどっか行かねえ?俺、奢るからさ。」
「ホント?やったあー。じゃ、僕みんなに声かけておくね。」
「よーし、決まった! あ、でもあいつらは誘うなよ。」
「おーい富永ー!今日は早えじゃん!」
うちのクラスの目立つ奴ら。早々に富永先生のしもべと化してる奴等の集団の中の1人が、向こうから叫んでいた。
僕はクスッと笑って答えた。
「はあい。」
と、その集団から少し離れた後ろに、ぽつんと、大胆にも歩き煙草でのうのうと歩いてくる奴がいた。
初めて見る顔だけど、うちの中学校の生徒には間違いない。
そいつを目にした途端、富永先生の顔つきが変わった。
「なんだ、お前!」
ズカズカと、その生徒にちかづいていく!そして、その口元から勢いよく煙草を取り上げた。
「なめてんのか?お前。」
取り上げた煙草を地面に叩きつけ、ぐいぐいと踏み消す。
「!!」
その生徒が、地面から顔を上げるか上げないかのうちに、先生は、そいつの頬を思い切り殴り飛ばした!
ドサっと、そいつは地面に崩れた。
「10年早いんだよ。全部よこしな。」
なるほど確かに、教師臭くなく、説得力と包容力のある、なんとも親しみのこもった台詞だ。これなら大概の奴がコロっと落ちるのが良くわかる。
ところが、その生徒は、全く表情を変えなかった。それどころか、先生が差し出した手を、思い切り叩き上げた!
表情を変えたのは、富永先生の方だった。
そいつは、ゆっくり立ち上がり、ズボンについた汚れをパンパンとはたき、ぬうっと顔を上げた。
長めの茶色がかった髪…真っ直ぐに伸びた前髪の隙間から、鋭い獣のような目が光っている。
先生は、少し動揺しているようだった。
「な、なんだよお前、うわっ!」
先生が口を開くか開かないかのうちに、その生徒は、思い切り先生の頬を殴り返した!
今度は先生が、ドサっと地面に崩れた。
そいつは、崩れた先生の横腹に、更にドカっと蹴りを入れた。
「ううっ」
先生は、腹を押さえて地面にうずくまった。
その生徒は、ゆっくり顔を先生の耳元に近づけて、言った。
「10年早いんじゃない?」
なんとも威厳のある口調だった。
そしてその生徒は、ゆっくりと校門に向かって歩き出した。
僕はすっかり萎縮して、固唾を飲んでこの光景を見守っているしかなかった。
「せ、先生、大丈夫?」
なんて奴だ!僕の大事な先生になんてことをするんだ!
すっかり富永先生に気を許していた僕にとって、コレが正直な気持ちだった。
ふと、先生の傍に、1冊の単行本が落ちているのが目に入った。
「これ、先生の?」
「え? あいてててて… いや違う、いってえ…」
「先生、ホントに大丈夫?」
「おう、平気平気。こんなの全然慣れてるから…いてっ」
じゃあ、この本は、あいつのか…。
あんな奴、誰が返しになんて行くもんか。
その本にはどっかの本屋のカバーがかけてあって、裏表紙に、平仮名で名前が書いてあった。
ー 4ねん3くみ くらたふゆき ー
4ねん?? 3くみー??
僕は、笑ってしまった。あんな怖そうな奴が!?
それで、なんとなく、その本を捨てられずに、自分のカバンにしまった。
しかも、その本の題名は、星の王子さま、だったんだ。
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