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ぼくらのであい(2)

土曜日、4時間目の授業は潰され、富永先生のお別れ会的なものが開催された。 そうしてクラスの皆との名残惜しい別れも済んだあと、僕ら、あまり目立たない生徒4人と先生とで、遊びに行くときがやってきた! 地元の駅で待ち合わせ、まず僕らは、電車でそう遠くない遊園地に行った。 土曜日だったが、家族連れも少なく、僕らは何度も何度もハードなアトラクションに挑戦していった。 「よし俺、もっかいコレ乗るわー」 「マジかー俺もういいわ、なんか気持ち悪くなっちゃった…」 「ダッセーな。じゃお前、あの自転車のヤツでも乗ってろよww」 僕らもまだまだ子供だったけど、富永先生は、それ以上にはしゃいでいた。 本気で楽しんでいるように見えた。 そんな姿が、より一層、親しみを感じさせた。 やがて、辺りは暗くなり始めた。 あっという間の、楽しい午後だった。 「そろそろ行くか。ちょっとお茶でもしてくか」 遊園地を離れて、僕らはすぐ近くのコーヒー屋に入った。 「ねえ先生!また遊びに行こうよ。」 「おう、今度はもっとゆっくり、もっと遠くまでいきてえな。」 「先生、車持ってるの?」 「もちろん。でもそんなにデカくないから後部座席はちょっと狭いけどな」 「いいなあー。ね、先生、彼女いるの??」 「それがなあ…実はちょっと前に別れたばっかり」 「マジで? 車もったいない。」 「どっちから??w」 僕らは先生を質問攻めにした。少しでも先生のこと、いっぱい知りたかった。 彼女は、いないのか。意外だったな。スゴくモテそうなのに… 「おい、もうこんな時間だ。そろそろお開きにしないとな」 「えっホントだ!やばっ」 「えー?まだいいじゃん〜」 まだまだ先生と一緒にいたかった。みんな同じ気持ちだった。 「よし、じゃあ一次解散だ。もう帰らないとパパやママに怒られる奴は、帰れ。絶対にまだ大丈夫って奴だけ残れ。」 「ええー?どうしようかなあ」 「迷ってる奴は帰れ!」 「ええ?なんでー?」 「だって俺、PTAに怒られるのヤダもん…。なんてな。でもホントにもう遅いし、いいじゃん、今度また絶対!遊び行こうな!」 結局、2人は帰ることになり、僕ともう1人、昇ってヤツが残ることになった。 「またね、先生、絶対また遊ぼうね!」 「よし、約束だ。ホントに気をつけて帰れよ!」 2人とも、とても名残惜しそうに、帰っていった。 「さて、どうするか。飯でも食いに行くか?」 「奢り?」 「もちろん」 「やったあー」 「よし、何が食いたい?」 「オレ焼肉!」 昇が即答した。そして僕らは先生がよく行くという、オススメの焼肉屋に行った。 「お前ら、ホントに、家大丈夫なのか?」 「うん、うちは兄弟多いから、けっこう放任なんですよー。両親も仕事でいつも遅いし、夕飯はキホン姉貴が作るんだけど、土曜は各自セルフの日だから、奢りでラッキーっす。」 「へえーそうなんか。大変だなあ」 「別に全然!気楽っすよ」 「(かおる)んちは?」 「うん、うちも全然大丈夫。兄貴しか、いないから。」 「え?親は?」 「いないんです。死んじゃったんです。だから全然、平気。」 「えっ、そうなんだ…ゴメン。悪いこと聞いちゃったな」 「あ、ううん!全然!もうずっと前のことだし。みんなも全然気にしてないし」 先生お勧めの牛肉は、とても美味しかった。最も僕はまだまだ、食べ物の良し悪しなんて、よく分かっていなかったけど。 お腹もいっぱいになって、僕らがその店を出たときは、もう21時を回っていた。 「さすがに解散だな、昇、お前、家はどこ?」 「千石です。あ、でも俺チャリだから」 「そっか。(かおる)は?」 「東池袋です」 「マジか、俺も池袋出るから、一緒だな、じゃ行くか」 「ちぇ、俺だけ解散か。先生、また遊ぼうね?絶対!」 「おう、約束する。気をつけて帰れよ。」 「じゃあね、バイバイ!」 「おやすみー! さ、じゃあ行こうか」 「はい」 僕は内心、とても嬉しかった。 みんなの憧れの先生と最後まで一緒にいられるってことが… 「(かおる)お前んち、ホントに大丈夫なのか?」 「うん、兄貴もいつも遅いし、帰って来ない日もあるし…なんならまだ早いくらい」 「そうか、そうなんだ?」 僕はちょっと期待した。 最後に先生と2人だけで、どっかへ行けたらいいな…っていう気持ちが、ちょっとだけあったからだ。 「じゃあ、もうちょっと遊んでくか?」 やった! と、僕は思った。 「はい!」 「お前、酒とか飲めるか?…って、中学生にこんなこと言ったらヤバいな」 「えっ、飲めますよー。兄貴もよく飲んでるから、僕もたまに…」 本当は大して飲んだことなんかなかった。 でも、先生と2人で飲みに行った… なんて、なんかスゴいじゃん。 「よし、じゃあ軽く行こうか。あ、でもお前、大学生ってことにしとけよ。」 「あははは、はーい」 僕はちょっとドキドキした。でもそれ以上にワクワクしていた。 このとき、先生が何か企んでいるような目をしていたことに、僕はこれっぽっちも気付かなかった。 池袋に着いて、先生が僕を連れて行ったのは、いわゆる全国チェーンの大衆居酒屋で、オシャレめいた所は全くなかったけれども、 なにせ外で、店でお酒を飲むってのが生まれて初めてだった僕にとっては、すべてがスリリングに感じていた。 「生ビール2つ!お待ち〜」 「はい。じゃあ、ええと…2人の夜に? 乾杯〜!」 カチャ。 そして先生は一気に、中ジョッキの半分くらいを飲み干した。僕も、ちょっと無理をして、3分の1くらい、飲んだ。 「ぷはあぁ」 「いい飲みっぷりだね。さすがだなあ」 「えへへ」 ちょっと頭がクラクラした。でも、先生にそう言われることが嬉しくて、僕はもっと飲んだ。 「ねえ、先生〜。ホントに彼女いないの?」 「いねえってば。失礼なヤツだなあ」 「だって、先生こんなにカッコいいのに…」 僕は少し酔っ払っていた。やけに気分がハイになって、口数も増えていた。 「はは、実は俺ね、女より男にモテるタイプらしいんだよね」 「あははは、そうかも〜。わかるような気がする」 「だろ?お前も、俺のこと、好きだろ?」 「うん。だーいすき!」 「うーん、お前はかわいいなあ、スリスリしちゃおう。すりすり…」 「あはは…」 ちょっとビックリした。 先生が、僕の頭を抱き寄せて、頬を、言葉通りスリスリ擦り寄せてきた。 でも、だいぶハイになっていたこともあり、それほど深くは考えなかった。 「お前も女より、男にモテるだろ?」 「うん、そう。わかっちゃったあ?」 「わかるわかる。だってお前、かわいいもん。うーん、すりすり〜」 ちょっとドキドキした。男でも女でも、こんな風に抱き寄せられるのは生まれて初めてだった。 でも、とにかく酔ってハイになっていたので、なすがままになっていた。 「ラストオーダーになりますが」 「えっ?もうそんな時間かあ」 「あれっ、11時過ぎちゃった。いい加減帰んなきゃだね」 「そーだなあ…残念だなあ〜。うーん。すりすり…」 こんなに遅くに帰るのは、いくらなんでも初めてだった。 先生は、僕に負けず劣らず酔ってハイになっていたけど、僕は少〜しずつ、ドキドキしてきた。 僕らがその店を出たのは、12時近かった。 「ごちそうさまでした。」 「うん。…よし!歩こう!」 「えっ?」 「だーいじょうぶ!ちゃんと家まで送ってくから。な?」 そう言いながら先生は、僕の肩に手を回し、強引に歩き始めた。 うちとは反対方向だった。もう12時だというのに、繁華街は人がいっぱいで歩き辛いくらいだった。 そのひしめく人混みの中に、ひときわ目立つ、少年達のグループがあった。 派手な服装で、目付きも良くなく、金髪のヤツも混じっていた。 「なんだよな、あいつら、こんな時間にしょうがねえなー」 「うん…なんか、怖そう」 でも僕はこのとき、そんなことよりも、今の自分の状況の方が気になっていた。 「あっ、あいつ…」 そのグループの端っこの方で、ひとり、何をするでもなく佇んでいる、髪の長い少年。 「ん? ああ、あいつ〜こないだの生意気な小僧だ!」 昨日の朝、先生を殴って顔色ひとつ変えなかた、くらたふゆきってヤツだった。 相変わらず、煙草をふかしていた。 「先生、なにか言わなくていいの?」 「あーもういいの!俺はもう、先生じゃないんだから、ねー」 …なんか、ちょっと先生のこと、見損なった。 少しずつ、僕は冷静になってきた。 そして次に、妙に不安になってきた僕は、ずっとその くらたふゆきのことを、目で追っていた。 ただならぬ視線を感じてか、彼は僕らに気付いたようだった。 少し驚いた顔をしていたが、すぐにまた、顔を背けて煙草をくわえた。 「いいじゃん、あんなヤツ放っとけよ」 「う、うん。…ねえ、先生、どこまで行くの?」 「ん〜?ちょっと散歩〜 飲み過ぎちゃったから、夜風にあたりたいんだよね」 強引に、僕はどこまでも連れて行かれた。 飲み過ぎた…その割に先生の力はとても強かった。 そして突然、立ち止まった。 「うーん…ちょっと気持ち悪い…」 「え?ほんと? 大丈夫?」 「ん〜だめかも…もう歩けない…」 「ええ?マジで? どうしよう…大丈夫?」 「うん…大丈夫…ちょっと休めば大丈夫だと、思う…」 と、先生は向きを変えて、すぐ横の建物の中に入ろうとした。 弱々しい言葉の割に、すごく強引な力でぼくの肩を掴んだ。 「…ええっ?」 そのとき初めて気付いた。 ホテルだった。 いつの間にか、ホテル街に来ていたんだ。 「ち、ちょっと待って先生!しっかりして!」 「だめたー もうだめだ〜」 「だめじゃないよ!だって、ここ…ちょっと待ってよ!」 「なんで〜? 俺のこと、だーいすきって言ったじゃん」 先生の、僕の肩を掴んだ手に、一層力が入った。 「だって、ちょっ…そんなっ」 「いいじゃん…大丈夫、なあ?」 「や、やだ…やだよ!」 本当に、すごく強い力で、僕は引きずられていた。 必死に抵抗したけど、僕の近くでは、どうにもならなかった。 そして怪しげな入口にさしかかった、そのとき… バシッ! 「うあぁっ」 ドサッと、先生が突然、地面に崩れて倒れた。 ビックリして、でも少しホッとして、後ろを振り向くと、長い髪の少年が立っていた。 くらたふゆき だった。 彼が先生を殴り飛ばした。僕を…僕を助けに来てくれたんだ。 「…て、めえ…うおっ」 起き上がろうとした先生の横腹に、彼は思い切り蹴りを入れた。先生は再び崩れ落ちた。 「早く!」 「…あ、うん…」 ビックリして立ちすくんでいた僕に、彼は冷静に手招きをし、駆け出した。 僕はもう、ただただ必死で、彼の後について走った。 角を曲がるとき、ちょっとだけ後ろを振り返ると、昨日の朝と同じように、先生は地面にうずくまっていた。 その情けない姿を晒した先生に対する僕の気持ちは、昨日の朝とは全く違っていた。 そして、僕の前を走る後ろ姿… くらたふゆきという少年に対する気持ちも、昨日の朝とは全然違っていた。

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