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ぼくらのはじまり(1)
「あーあ、なんだよなあ〜富永の方がマシだったなぁー」
生徒になめられてる先生の授業のときには、ざわめきの中に、必ずこんな台詞が聞かれるようになった。
『富永』という、その名前が出るたびに、僕はその場から逃げ出したい気持ちにかられていた。
「ねえ、今度いつ遊び行く? お前、先生に連絡してくれよ」
彼が学校を去ってから、もう何日過ぎただろう…。でも、彼の名前は、未だに生徒たちの口から消えようとはしなかった。
僕はといえば、1日も早く、その名前を頭から消し去りたい気持ちでいっぱいだった。
と、同時に、あの日以来、姿を見せない倉田冬樹のことを、ずっと探していた。
「あの、すいません。倉田さん、いますか?」
「あ、君〜また来たの?」
「残念、今日はあいつ、昼で帰っちゃったよ」
もう何回も、彼のクラスを訪れているが、どうも彼はあまり学校に来ないし、来たとしても途中で帰っちゃったりするらしく、全然捕まえることができていない。
その日は、よし!今日こそは!と思って、いつも以上に気合いを入れて、学校へ向かった。
(実は毎朝そう思っているのだが…)
「…あっ」
気合いが通じたのか、前方に、長い髪の後ろ姿が見えた!煙草の煙もかすかに見えた。
思わず、僕は走った。走りながら、大声で叫んだ。
「倉田さーん! 倉田冬樹さーん!」
彼は立ち止まった。そして、煙草を咥えたまま、振り返った。
「…はぁ、はぁ…あ、倉田さん」
「…うん…」
「やっと、捕まえましたよー。よかったー。あっあの…この間は、ホントにどうもありがとうございました」
「…あ、うん…」
特に彼は表情を変えなかった。
僕は、彼と並んで、歩き出した。
「ずーっと探してたんですよ。倉田さん、いつも居ないから…でもよかった。本当に。ずーっと、お礼が言いたかったんですよ!」
「そう…よかったね」
彼の表情は、ほとんど変わらなかった。
僕は、ちょっと怖かったけど、でも、もっと、この人のことが知りたいと思っていたので、そばを離れなかった。
学校へ続く、最後の曲がり角に差し掛かったところで、彼は突然、立ち止まった。
「…」
「あれ? どーしたんですか?」
「…やーめた」
と、ふいに彼は、学校とは反対方向に曲がった。
「えっ? 倉田さーん」
僕はビックリして、追いかけた。追いついて、彼のうでを掴んだ。
「ど、どこ行くんですか? 学校、始まっちゃいますよ!」
「今日は、やめた」
「なんで? 行かないんですか?」
「行きたくなくなった」
僕の掴んだ手を振りほどいて、彼はスタスタと歩き出した。
僕はビックリした!
『行きたくない』から、学校は行かないって…
学校は、行きたくなくても行かなきゃいけないもんだと思ってた。
ある意味カルチャーショックだった。
でも…ふと考えてみると、自分も『行きたくない』ことに、気付いた。
行けば、嫌でも、あの先生の名前が耳に入ってくる。
そしてそのたびに、あの夜のことが頭に蘇り、逃げ出したい気持ちでいっぱいになるのだから…
僕はまた、彼を追って走り出した。
「倉田さーん」
彼に追いつき、再び彼の腕を掴んだ。
「なに?」
「僕も…僕も一緒に行っていいですか?」
「なんで?」
「僕も…僕も今日は…いや、今日も、行きたくないん…です」
たぶん、言いながら、僕の頭にあの夜の出来事が、湧き上がってきていること、学校でヤツの名前が出るたびに僕がどんな気持ちになるだろうことを、彼は鋭く見透かしていたのだろうと思う。
彼は急にコロっと態度を変えて、言った。
「…そーか、そーだな。誰だってそういうことあるよな。うん、たまにはいいだろ。一緒にどっか遊び行くか」
ポンポン、と僕の肩を叩き、彼はちょっとだけ表情をやわらげた。
それはなんとも優しそうで、少し恥ずかしそうで…僕の心を安心させた。
僕らは改めて、並んで歩き出した。
「どこ行くか…どっか行きたいとこある?」
「僕は、別に…どこでもいいですよ」
「うーん…じゃあ、定番の動物園でも行くか」
「えっ?動物園? あ、はい…」
怖そうな彼からのまさかの提案に、若干の驚きを隠し切れていなかったかもしれない。
そういえば、星の王子様を読んでいたし、意外に中身は子どもっぽい人なのかもしれないな…
なにはともあれ、初めての学校サボり、しかも憧れの先輩と一緒に出かけるってことで、僕はスリルとワクワクでいっぱいだった。
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