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ぼくらのはじまり(5)
冬樹の家は、南池袋だった。
僕らは、サンシャインを出て、歩き出した。辺りはもう真っ暗だった。
サンシャインから池袋方面は、まだまだ人通りが多いだろうが、裏口から出てこっちの方は、この時間にもなると、ほとんど人が通らない。
「なあ、郁? お前って俺のこと、どう思ってんの?」
「えっ?」
突然の質問に、僕はちょっとドキドキした。
そして、少し考えて…応えた。
「うーん…憧れ?なのかな。会ってないときは、とにかく冬樹の姿が見たくて…会えるとすごく嬉しくて。で、会ってるときは楽しくて、ずーっと一緒にいたいと思う。やっぱコレって憧れなのかな…」
ドキドキしながら、僕は本当に正直な気持ちを、喋った。
「あはははっ…郁、お前、それは恋だよ!」
「むぅ〜っ なんだよーもう!せっかくホントのことを言ったのに〜!」
「お前、あの先生のこと、あんなに嫌がってたくせに、ホントはゲイなんじゃないの?」
「なんだよーーもう! じゃあそーいう冬樹は? 僕のこと、どう思ってんの?」
「くっくっ…そうだな…郁は、可愛くって、何かしてやりたいって気持ちになる。そんで、ときどき。ギューって抱きしめたく、なる」
「ええー? 何それ!それこそ恋じゃん!冬樹こそゲイなんじゃないの?」
そう言いながら僕は、ちょっと走って、振り向いてまた続けた。
「憧れの先輩とか言って、ホントは付き合ってたんじゃないの?」
ちょっと言い過ぎたかなー。
怒るかな…と思って、遠目に冬樹の表情を伺った。
彼は下を向いて、じっと立ち止まっていた。
僕はビックリして引き返し、彼の腕を掴んで言った。
「うそうそ、ごめん!冗談だよ、ね、冬樹…!?」
言い終わるか終わらないうちに、突然、ギューっと、抱きしめられた!
「ふゆ…!」
ふっと、抱きしめる力が緩んだかと思ったら、急に彼の顔が近づいてきて…
その唇が、僕の唇に重なってきた。
「…」
全身が心臓になったのかと思うくらい、僕はドキドキした。
冬樹とキスしてる?
冬樹と?
しばらくして、そっと彼の唇が離れた。
「ごめん、嫌だった?」
「あ、ううん…ちょっとビックリ、しただけ…」
「初めてだった?」
「…うん」
誰も通らない、真っ暗な道の真ん中で、冬樹は僕を抱きしめた。
そりゃあビックリしたけど、全然、嫌じゃなかった。
むしろ、心地良いドキドキが、まだまだ続いていた。
「俺も、初めてかな」
「…嘘だっ」
「いや、嘘じゃない。男とするのは初めてだ」
「ふふっ…」
そう言いながら、もう一度、彼は顔を近づけてきた。
僕は、静かに目を閉じた。
そして、彼の背中に腕を回した。
2度めのキスは少し長かった。僕は冬樹の唇の感触を、しっかり心に焼き付けた。
それから僕らは、しっかり手を繋ぎあったまま、冬樹の家まで歩いていった。
彼の家は、ちょっと古い鉄筋のビルの、4階だった。
「エレベーターが無いんだよねー」
「疲れて帰って来たときは大変だね」
「はい、どうぞ〜」
ドアを開けると、すぐキッチン。
その奥はフローリングっていう、よくあるワンルームの間取り。
「全然散らかってないじゃん」
「そう? ま、テキトーに座って。缶ビールなら、あるかな」
「うん…あっ、ちょっとまって、冬樹、これ!」
と、僕は、さっき買ったプレゼントの包みを差し出した。
「えっ?なんで?」
「お誕生日、おめでとう〜! 実はこれ、冬樹へのプレゼントでした〜」
「マジで? なんで俺の誕生日知ってんの?」
「ふふっ そうそう、これも返さなきゃねー」
ちょっぴり含み笑いなが、僕は『星の王子様』の本も、差し出した。
「げっ なんでお前が持ってんの!」
「全部読んじゃいましたー」
「いや、ちょっと暇だったから、たまたま…たまたま昔の本持ってきてて…たまたま、久しぶりに読もうかなって、うっかり…」
「あはははっ 僕そんな冬樹、好きだ〜。せっかくだから、これでビール飲んでみよう」
「あ…うん。ホントにありがとう。すっげー久しぶりだよ、誕生日にプレゼントなんて貰うの」
僕らは、ビールを飲んだ。
タンブラーのせいか、冬樹と一緒なせいか、こんなに美味しいと感じたのは初めてだった。
冬樹は音楽のことも詳しいらしく、いろんな外国のバンドのビデオやCDがいっぱいあって、部屋にはギターも置いてあった。
「冬樹、ギター弾けるの?」
「ちょっとねー。お前はどんなの好きなの?」
「普通にテレビで聞くやつしか知らないなー。こーいうのは初めて聴いた。結構カッコいいね」
「そーだろそーだろ」
冬樹が好きだっていう洋楽のCDを聴きながら…
ほろ酔いで、僕はだんだん眠くなってきた。
「もう寝るか?」
「…うん」
「悪いけどベッド1つしかないから、一緒でいい?」
「…う、うん」
「別になにもしないよ」
と言いながら、
冬樹はワサワサと服を脱ぎ始めたっ
「えっ?!」
「いや、俺いつもパンツで寝るからさー。そうじゃないと眠れないんだよね」
「あ、…そうなの…」
そおっと…僕は冬樹の隣に横になった。
「お前も脱げば? 気持ちいいよ」
って、彼は強引に、僕の服を脱がそうとした!
「わ、わかった!待って! 自分で脱ぐよ!」
シャツとズボンを脱ぎ…
ちょっと恥ずかしいな…と思いながら、
僕はまたそっと彼の隣に潜り込んだ。
…と、突然、冬樹が僕の腕を押さえて、僕の上に覆い被さってきた!
じっと、僕を見下ろす彼の目を見てるうちに、僕はまたドキドキしてきた。
「はっ 脱がすんじゃなかったな…。俺、興奮して眠れなくなりそう」
そう言いながら、彼はまた顔を近づけて、キスをしてきた。
そしてそのまま僕の身体をしっかり抱きしめた。
「おやすみ」
そっと僕の身体を離れて、彼はむこうを向いて僕に背中を向けた。
初めて触れ合う他人の肌の温かさに、僕の身体はまた、心地良いドキドキでいっぱいになった。
いろんなことがあり過ぎた今日一日のことを思い返しているうちに、僕は眠ってしまったらしい。
冬樹が好きだ。
よくわからないけど…
どういう好き? 恋なのか、本当なのか、よくわからないけど…
その後、僕らはちょくちょく、ちゃんと会うようになり、何度も彼の家に泊まるようになり、何度もキスをした。
キスより先に進むことは無かったものの、まるで本物の恋人同士のような関係に、僕は自分の気持ちの整理がつかないままだった。
冬樹のこと、すごく好きだけど、本当にいいのか、これでいいのか…
なにせ、まだ14歳の子どもには、世の中の色々なことが、まだようやく分かり始めたばかりだったのだから。
そして、僕らは夏休みを迎えた。
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