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ぼくらのなつやすみ(1)
ここはどこ?
ぼくはだれ?
なぜ、ぼくはここにいるんだろう
なんのために、ぼくはうまれてきたんだろうか…
こんなことを、考えたことはありませんか。
で、不可解な解答に反発したがり、自分を自分の物語の中の主人公にしてしまう。
振り返ってみれば、誰もが通り過ぎる、若気の至りなひとコマに過ぎないのだが。
「郁? 眠れないの?」
「あ…うん」
「じゃあ、甲板に行ってみる?」
「そうだね」
僕は今、浜松町から式根島へ向かう客船の中にいる。
これは、夏休み恒例の、うちの親戚の集まりの旅行。
毎年、一番若い叔父の了さとるさんって人が企画していて、従兄弟やその友人など、気の向いたヤツが同行する。
兄貴はもうずっと来ていないし、僕も去年は参加しなかった。
今年の行き先は、式根島。
もともと海は好きだ。
しかも、島の海は、どんなにか綺麗だろうか…
そんな思いから、参加することにしたのだった。
ちなみに今年のメンバーは、
母方の従兄弟である、茂樹と哲也
そのまた従兄弟の、純と道明と、その友人2人。
それに、了さんと僕。全部で8人だった。
今、僕に話しかけてきたのは、従兄弟の茂樹。子どもの頃からよく遊んでもらってた、今は高校2年生。
僕らは甲板に出た。
真っ黒な真夜中の海が目の前に広がっていた。
「うーん、なんにも見えないね」
「そう? 俺には見えるけどな…」
「なにが?」
「…目?」
「め?」
「海の目だよ。俺らを見守ってくれてる、優しい海の目」
心理学をやってるっていってたな、この人。
ちょっとそれはないな。ロマンチック過ぎやしないか?
「僕には何も見えないなー」
「よーく見てごらんよ」
「…」
「目を凝らして、よーく見るんだ」
「…」
「そのうち、真っ暗な海の向こうに…ぼんやりと見えてくる」
暗示をかける呪文か何かのように彼は言った。
言われた通り、目を凝らしてみる。
…と、真っ暗な海の、その先に、
僕の目にぼんやり見えてきたのは、
紛れもない、冬樹の姿だった。
《俺の気持ちは決まってる。あとはお前次第だ。》
俄かに気分が悪くなった。
手足の先から、血の気が引いていく感覚に見舞われ、僕はその場にうずくまった。
「おい、郁! どうしたの?」
「気持ち悪い…」
身体中から力が抜けていく。視界がチラチラして、立っていられない。
「大丈夫か。戻ろう」
茂樹に支えられながら、なんとか部屋に戻り、布団に寝かされた。
「大丈夫。酔っただけだと思う…」
微妙な船の揺れが気持ち悪かった。
冬樹に…今、冬樹に隣にいて欲しいと、とても思った。
冬樹と付き合い始めてから、もう1ヶ月以上は過ぎただろうか。
僕は、冬樹のことが大好きだった。
…でも、僕は、男なのに。僕のこの、冬樹に対する気持ちは、本当に友情以上のものなのか…
もしそうであったとしたら、それが、冬樹っていう男に向けられることが、果たして正解なのか?
僕は、女の子を好きになったことが、まだない。
今のこの気持ちが、いわゆる、恋とか愛とかいうものなのか、僕にはまだよくわからなかった。
僕の迷いは、彼に対する態度を、次第にぎこちない感じにしていたんだと、思う。
夏休みに入ってすぐのある日…いつものように2人で遊びに行った別れ際に、冬樹が切り出した。
「俺さ、休みの間、実家に戻ることにした」
「えっ? そうなの?」
「うん。おふくろがね、まさかのアメリカ人と再婚することになったらしい」
「へえ〜」
「9月に向こうに引っ越すって言うから、まあ最後くらいはちょっとくらい顔出しておかないとね」
そして冬樹は、とても真面目な表情で、僕の目を見つめた。
「だからさ、しばらく会わない」
「…えっ」
「ゆっくり考えて。俺のことも自分のことも」
「…」
「夏休みの宿題な。お前が考えて、で、結論がどうでも、俺は構わないから」
「…」
「お前がもし、俺と友達以上にはなりたくないんなら、もうこんなことはしない」
そう言いながら、彼は、軽くキスをした。
「俺の勝手でお前を引っ張って、悪かったと思ってる。お前を悩ませてしまって…」
ポンポン、と彼は僕の頭を撫でた。
「じゃあね、頑張って。一応いい結論を期待しとく」
「…」
核心をつかれて、何も言い返す言葉が見つからない僕の耳元で、彼は囁くように続けた。
「俺の気持ちは決まってる。あとはお前次第だ」
「冬…」
「愛してるよ。じゃあね」
見抜かれていた。
冬樹は、ぼくの気持ちの迷いに、とっくに気付いていたのだ。
冬樹、ごめん…
僕は…
何のために生まれてきたんだろう…
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