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ぼくらのあき(1)

季節は秋に変わっていた。 制服も冬服に変わり、僕は普通の中学生に戻っていた。 そして、『あの出来事』を、胸の奥に追いやってしまうよう努力しながら、普通の生活を送っていた。 「郁、帰ろう」 「あ、うん」 最近仲良くなった因ゆかりは、家も近いので、いつも一緒に帰っている。 それに、誰かが一緒にいれば、帰り道で冬樹に出会っても、気付かないふりができるから… 僕はなるべく、因といるようにしていた。 「今日さあ、また朝っぱらからケンカしてたよ」 「え?」 「ほら、お前と仲良かった3年生の人」 「ああ、ほんと?」 最近、冬樹の悪い噂を、よく耳にする。 校内で何やら騒ぎがあると、必ず彼が絡んでいるといっても過言ではないくらい。 煙草吸ってる現場に鉢合わせ、注意した生徒を殴ったとか。 授業中、注意した先生に教科書を投げ付けた、とか。 うちの学校の、元々の不良グループ相手に大乱闘を起こした、とか。 そういう噂を聞くたびに、僕の胸は潰れそうに痛んだ。 なぜなら…きっと冬樹がそんな風になってしまったのは、間違いなく、僕が原因だろうと、思うからだ。 夏休みが終わって以来、僕はまだ1度も、冬樹と口を聞いていなかった。 彼が僕を探しても、帰り道で待ち伏せていても、家に電話をかけてきたとしても… 僕は頑なに彼との接触を避けた。 だって… 会えるわけがないじゃないか… と、僕らの行く先に、ガードレールにもたれかかって、じっと僕が通るのを待ち伏せる、冬樹の姿が見えた! 「あっ あの人だ」 「…」 僕は、スタスタと、彼の前を通り過ぎた。 因も、慌てながらついてきた。 「ねえ、挨拶しなくていいの?」 「いいんだ。行こう」 僕らはどんどん先へ進んだ。 冬樹はゆっくり、腰を上げ、僕らの後を追って歩き始めた。 「じゃあね、郁」 別れ道に差し掛かった。 振り向くと、冬樹の姿が、後方に小さく見えた。 僕は思わず切り出した。 「ねえ、これから因の家に行ってもいい?」 「えっ?いいけど…うち、散らかってるけど」 「いーのいーの、気にしない。行こう!」 「わ、わかった」 僕らは因の家の方向に歩いていった。 しばらくして後ろを確認すると…もう冬樹の姿は見えなくなっていた。 僕はホッとした。 「ねえ、なんなの?お前ら…」 「うん、なんでもないよー 気にしないで」 「変なのー」 因の家で、ゲームとかして遊んで…19時もまわった頃に、さすがにもう大丈夫だろうと思って、僕は家に帰ることにした。 「じゃあね、気をつけて」 「うん、ごめんね、押し掛けちゃって」 「全然いーよ。また来いよ」 「うん、バイバイ」 僕は、おそるおそる因の家を出て、歩き出した。 しばらく歩いて、さっきの別れ道まできた。 ところが、なんとそこには… 「…冬っ…」 僕の姿を見つけると、冬樹は僕に向かって駆け寄ってきた!僕はビックリして、逆方向に走り出した。 「おい、待てよ!」 必死で走ったけど、ほどなく彼に追いつかれ、腕を掴まれた。 久しぶりの冬樹の感触が腕から伝わってきて、胸がドキドキする… 「なんで避けるんだよ!」 「…」 「おい、こっち向けよ。俺の目を見ろよ」 僕は、おそるおそる、冬樹の顔を見上げた。 右の頬にバンソコが貼ってあった。 「はっきりさせて」 彼の目はとても真剣で、真っ直ぐに僕の目を見つめていた。 「約束が違うだろ?」 「…な、なにが?」 「すっとぼけてんじゃねーよ!お前、そんなヤツだったのかよ」 「…」 「どっちでもいいって言ったろ?はっきりしてくれよ。どーなんだよ!」 冬樹の口調は、とても怖かった。 そして彼の真っ直ぐな視線が…僕の中の、あの出来事に対する後ろめたさに突き刺さった。 気がつくと、涙が溢れていた。 「なんでお前が泣くんだよ。泣きたいのはこっちなんだけど」 ダメだ…ムリだ。 彼に応えることも、言い訳をすることも、今の僕には難しかった。 「俺のこと無理ならはっきり言って」 無理なんかじゃない… 大好きだからこそ、応えられない… 僕は必死に言葉を振り絞った。 「…ごめんなさい…もう少し…時間を貰えませんか」 僕はもう、ポロポロ泣いてしまっていた。 そんな僕の様子を見て、冬樹は静かに、僕の腕から手を離した。 「…」 僕は彼に頭を下げ、くるっと振り向いて、走ってい家に向かった。 冬樹は、何か勘づいたようにみえた。 僕の後姿を見送り…じっと何かを考えながら、煙草を取り出し、火をつけた。

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