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ぼくらのあき(2)
それからしばらくして、僕らの学校の学園祭の日がきた。
うちの学園祭の目玉は、なんといっても、最終日に体育館で行われる、バンドのライブだった。
しかも今年は、なんと冬樹も出るらしい!
去年人気だった先輩のバンドを差し置いて、トリをとってしまったそうだ。
このイベントで『トリをとる』ことは、この学校の中では、かなりのステータスなのだ。
僕らのクラスは、つまらないお化け屋敷をやっていたが、早々に閉店して、みんな体育館に向かおうとしていた。
「倉田って人、出るんでしょ?」
「うん そうみたい」
僕は内心、すごく楽しみだった。早く冬樹のギターを弾く姿を見たかった。
因と一緒に体育館に向かっていた、そのとき…
「滝崎って、どっちだ?」
「え?」
ビックリして振り向くと、その例の、先輩のバンドの連中が立っていた。
「僕ですけど、何か用ですか?」
「ちょっとねー」
…と、言いながら、その中の2人が、両側から僕をしっかり捕まえた。
「な、なんですか?」
「ちょっと一緒に来て欲しいんだよねー」
「郁!」
因が叫んだ。
「ちょっとお友達借りるよ。へーきへーき、別に痛い目に遭わせようってわけじゃないからねー」
僕は強引に、彼らに連れて行かれた。
僕が連れて来られたのは、校舎の5階の音楽準備室だった。
「僕に、何の用があるんですか」
「いやね、あの生意気な倉田ってヤツに、お話があってね」
「冬樹に?」
「今日のライブを辞退して欲しいんだよねー。それだけ」
彼らは僕の周りを取り囲んだ。
「痛い目に遭わせないって言ったけど、もし倉田が俺らの言うこと聞いてくれなかったら…残念だけど、ちょっと痛い思いをするかもしれないなー」
僕は彼らを睨みつけた。不思議と、こいつらに対する恐怖はなかった。
「冬樹は来ないよ。そんなふざけた手に乗るもんか!」
と、その中の1人が急に手を上げ、僕の頬を殴った。
「おいおい、やめとけよー」
「だってこいつ、生意気だよ、2年のくせに」
「ははっ 流石に倉田と連んでるだけあるじゃん」
そういうわけじゃない。ただ、僕は、こういう連中は怖くなかった。
僕が怖いのは…
そう、僕を性欲の対象として見るやつら。
そういう視線を感じない限り、僕は平気だった。
「じゃー倉田呼んでくるか」
「わかった」
その頃…
「倉田さーん」
体育館の、バンドの控室になっている男子更衣室に、因が駆け込んでいた。
「なに?」
「はぁ…はぁ…あ、あの、郁が…」
「お前、あのときの?」
「あ、はい…。郁が、あの、3年生の人たちに連れて行かれて…」
「えっ?」
ガタッと冬樹は立ち上がった。
そのとき、そのバンドの奴らも、ちょうどそこへやってきた。
「倉田いる?」
「あっ、あの…この人たちが…」
「なるほどねー。わかった」
そして冬樹は、因に向かって言った。
「大丈夫だ。サンキューな。もう行っていいよ、お前」
「で、でも…」
「大丈夫だ。早く行け!」
「…」
「さすが話がわかるねー 族仕込みは凄いな」
「なんだと」
冬樹はそいつの胸ぐらを掴んだ。
「おおっと…いいのか?あの子がどうなっても」
「…くっ」
そして冬樹は、おとなしく音楽準備室に連れてこられた。
「冬樹!」
「…」
「へえー。さすが、可愛い後輩の力は大したもんだ」
「俺にどうしろって言うんですか?先輩〜」
リーダーらしき人物が、つかつかと冬樹に近づいていった。
「まあ、座れ」
冬樹は黙ってそこへ座った。
「俺らはただ、お前に辞退して欲しいだけなんだ」
「…それで?」
ドカっと、冬樹のお腹のあたりに蹴りが入れられた。
「ううっ…」
「…冬樹!」
うずくまる冬樹を、ヤツらは取り囲んだ。
「あの子に手を出して欲しくなかったら、まあおとなしく俺たちに殴られるんだな」
そしてヤツらは、次々とよってたかって、冬樹を殴ったり蹴ったりした。
「うう…」
冬樹はじっと耐えていた。自分からは手を出そうとはしなかった。
ヤツらは最後に、冬樹の両手を掴んで、床に押し付けた。そして思い切り、足でぐいぐい踏みつけた。
「ううっ…」
「これじゃあギター弾けないねー」
僕は押さえつけられていた手を振り解いて、冬樹に駆け寄った。
「やめろっ」
「うるせー。邪魔すんな」
僕はやすやすと跳ね除けられ、壁に叩き付けられた。
「もういいだろ。お前はこのまんま、ココでおとなしくしてて」
「そーいうこと。今日のライブのトリは、俺たちに任せてくれて大丈夫だから。はははっ」
「そろそろ行こう」
リーダー的なヤツが、うすくまる冬樹の頭を持ち上げて言った。
「じゃあね。あんまり調子に乗らないように」
そしてバシッと、もう一度冬樹の顔を殴ってから、彼らは、部屋を出ていった。
「冬樹っ」
僕はうずくまる冬樹に駆け寄った。
口や頭や、両手に血がにじんでいた。
「冬樹、大丈夫?」
「…お前は?平気か?」
「うん! 冬樹、しっかりして…」
僕は冬樹に縋りついた。気がつくと、涙が溢れていた。
彼は、しばらくそのまま僕の下に横たわっていた。
「保健室に行かないと…」
僕は冬樹の顔に付いた血を、ハンカチで拭った。
「いってえー。やべ、もう行かないと」
「行くって、どこへ?」
「体育館に決まってんだろ」
「ダメだよ、ムリだよ、その身体じゃ…」
「じゃあ何?お前、俺があいつらの言う通りおとなしくしてる方がいいっての?」
「そ、そーじゃないけど…」
「大丈夫」
彼はゆっくり起き上がった。
僕は不安でいっぱいだった。
「頼みがあるんだけど…」
「何? 何でもするよ!」
僕は咄嗟に答えた。
「ははっ 嬉しいな… 肩貸してくれる?」
「うん、いいよ、もちろん」
彼は僕の肩に手を回した。久しぶりの冬樹の匂いに、少しドキドキした。
「それと、もうひとつ…」
彼はじっと、僕の目を覗き込んだ。
「キスさせて」
「えっ」
僕が答えるか答えないかのうちに、彼は僕に口付けた。
冬樹のくちびるの感触に、僕は一瞬、あの出来事を忘れそうになった。
彼がそっと離れた。
「もう大丈夫。完全復活だ」
「…冬樹…」
「サンキューな、郁」
そして冬樹は、スタスタと歩き出した。
あんなにボコボコにされたとは全然思えない、とてもしっかりした足取りで、彼は体育館に向かって、走っていった。
大好きだ…って
愛してる…って、大声で叫びたかった。
僕は、はっとして、急いで体育館に向かった。
「郁ー!」
途中、向こうから因が走ってきた。
「大丈夫だった?」
「うん」
体育館の中は、ものすごく混雑していた。
そして、大音量と黄色い声援が渦巻いていた。
演奏していたのは、まさにさっきのヤツらだった。
大盛り上がりで演奏が終わったあと、進行係が最後のバンドの紹介を始めたときの、ヤツらの顔ったらなかった。
「倉田…お前っ」
「とんだ野暮でしたね」
「くっ…」
「お疲れ様でした、先輩」
「…これで終わりと思うなよ」
そして、冬樹のバンドの演奏が始まった。
ボーカルとギターを冬樹。そしてベースとドラムの3人編成で、シンプルでストレートな曲が続いた。
「カッコいいね〜」
「…うん」
本当にかっこよかった。
血の滲んだ手で弾くギターも、
マイクを通して流れる歌声も。
最後に、冬樹が歌詞を書いたっていう曲をやった。
言えない何かに悲しんで
ひとりで泣きたい夜もある
それでも俺は待っている
俺はずーっとここにいる…
ひとつひとつの言葉を、噛みしめるように
冬樹は歌った。
僕はそれを、じっと聞いていた。
もう、涙で冬樹の姿が見えなくなった。
「いい歌だねーあれ?郁」
「…ごめん、僕、先に出る」
「えっ?郁…?」
冬樹の歌声に聞き入っている人波をかき分けて、僕は体育館を飛び出した。
冬樹…君って人は…
僕は、君が大好きだ! 本当に…
冬樹は僕を待っていてくれている。
ずっと僕のことを好きでいてくれている。
僕のこと、愛し続けてくれている…
僕は嬉しかった。
でも、それが嬉しければ嬉しいほど、あの出来事が、僕の心に重くのしかかってくる。
あの事を知っても、冬樹は僕を嫌わないだろうか?
そう考えると愕然とする。
嫌わないハズがない。
冬樹は知らないから、何も知らないから、あんな風に言えるだけだ。やっぱり僕は…
一抹の希望を、僕は自分で自分の胸の奥底に封じ込めた。
そんな風に、涙を拭きながら、トボトボと歩く僕の様子を、興味深げに目で追っている人影があった。
例の先輩バンドのリーダー 浅岡忍ってヤツだった。
彼は、次の冬樹への仕返しの手段を思い付いた様子で、ニンマリと笑っていた。
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