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ぼくらのふゆ(2)
その日、因がうちに来たのは、もう割と遅い時間だった。
昼間別れたときとは違って、なんだか落ち着かない様子だった。
態度もぎこちなく、その表情は、若干青ざめているように見えた。
「因、何か変だよ。何かあった?」
「…変なのは、お前の方だろ」
どーしたものか…
「…ビールでも飲む?」
「えっ?僕、飲んだことない…」
「そっか…じゃあヤバいかな」
「郁は?飲めるの?」
「うん…たまにだけどね」
「はあ…お前って、おとなしそうに見えて、結構いろいろやってるんだな…倉田さんの影響なの?」
「そーいうわけじゃないよ。ほら、うち親いないし」
僕は缶ビールを2本持ってきた。
徐ろに、1本を開けて飲んだ。
「やっぱ、僕も飲んでみる」
因も開けて…恐る恐る口を付けた。
最初は少しむせこんでいたが、だんだん慣れてきたらしい。気持ちも少しずつ昂ってきたらしい。
ついに彼は、切り出した。
「ねえ、郁…お前、なんで倉田さんとつき合わなくなっちゃったの?」
「えっ?いいじゃん、そんなの」
「よくないよ!」
因は、半ばムキになって言った。
「…いや、何かもし、悩んでることがあるなら、話して欲しいなと思って…」
実際、因の頭の中は、昼間ヤツらに脅されたことでいっぱいだったのだか、その、切羽詰まった表情が…逆に僕には、本気で心配してくれている風に、伝わってしまった。
もしかしたら
誰かに話すことで、自分の心がちょっとは軽くなったり…するんだろうか…
少し酔いの回った僕の頭に、そんな魔がさした。
「因…何を聞いても驚かない…?」
僕はうっかり切り出した。
「う、うん…」
因はドキドキしていた。
「ゲイ…っていうか、同性愛って、わかる?」
「…ゲイ…?!…」
「うん」
「えっ?って、まさか…倉田さんと?」
「…うん。僕は冬樹が好きで、冬樹も、僕のこと好きって言ってくれてる…」
因は、あまりに想像を絶する展開に、相当ショックを受けているようだった。
だんだん落ち着いて飲み込めてきたのか、続けて質問を始めた。
「…じゃあ、両想いでいいじゃん。なんでつき合わないの?」
「つき合ってたよ、最初は」
「…そっか、あの頃って、そーいう関係だったんだ…でもなんで?今は?ケンカでもしたの?」
僕は首を振った。
「…驚かない? ホントに何を聞いても驚かない?」
「…う、うん」
いやもう既に十分に驚いているのに、これ以上何が飛び出すのか、因はもはや、恐ろしさに近いものを感じていた。
「…僕はあの頃、愛とか恋とかよく分かってなくて、悩んでたんだ」
「そしたら冬樹が、夏休みの間は会わないから、ゆっくり考えろって言ってくれた」
「それで、僕は考えて…僕なりの答えを出したんだけどね…」
「…」
「8月に、うちの親戚連中の旅行があってね、僕も参加したんだ。式根島に行ったんだ」
「海がすーっごく綺麗で、大きくて…僕は、その海を見たおかけで、答えを出すことができたんだ」
「…」
「…だけどね…皮肉なことに…」
言いながら、僕の身体は、僕の意思に関係なく、小刻みに震え出した。
「茂樹って従兄弟が…高校生、なんだけど…そいつが、僕のこと好きだって言い出して…」
ガタガタと震え出した僕の様子を見て、因もちょっと震えていた。
「…僕は…そいつに…無理やり抱かれた…犯され…たんだ…」
僕はガタガタ震え、気が付くと涙が溢れていた。
因は、そんな僕の様子から、目が離せなかった。
「…だから…ダメなんだ。もう僕は…冬樹とは、付き合えない…」
「ごめん!」
急に、因が僕を抱きしめた!
「ごめん、もういい!もういいよ、郁…」
「…」
「ホントに、ごめん…そんな、辛いこと…」
因は、ちょっとでも郁を煙たがったっていう自分の気持ちを撤回した。
もう、同情といたわりの気持ちでいっぱいになっていた。
そしてそんな、自分には想像もつかない辛い体験を聞き出し、喋らせてしまったことを後悔した。
「ホントにごめん…」
「…ううん…」
因はいつまでも…いつまでも僕を抱きしめていた。
その感触が心地良くて、僕はそのまま泣き寝入ってしまった。因は、そっと僕をベッドに寝かせた。
同性愛…って、どんななんだろう…
ふと、因は考えた。
郁の寝顔をじっと見つめ…まだ酔いの残った頭で…
因はドキドキしながら、そおっと…
本当にそおっと、郁の唇に、軽く自分の唇を乗せた。
…でも、違う。僕はやっぱり、違う…。
因は、そのまま、こっそり家に帰った。
僕は、冬樹とは違うくちびるの感触を…
夢の中で、ほんの少しだけ、感じていた…
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