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ぼくらのそれぞれ(2)

「待ちなさい!」 彼女…真帆が、走って追ってきた。 僕は敢えなく腕を掴まれた。 「はぁ…はぁ…」 「…?もしかして…あんたが、冬樹くんの?」 「…」 僕は黙って頷いた。 「そう…へえー…そうなの…」 彼女は、マジマジと僕をみてきた。 僕は顔を背けた。 「…見たんでしょ?あたしと冬樹くんがしたの」 「…」 「冬樹くん、可哀想…あんたのために、あんなにボロボロになるくらいに働いて…」 「…」 「冬樹くんだって、まだまだ全然若いのに…あんたのせいで…」 「…」 「だから、甘えさせてあげたのよ!彼にはそーいう癒しが必要だったのよ」 「…」 「あんた、ホントに冬樹くんのこと、好きなの?」 「…」 「だったら、別れた方がいいんじゃない? あんたは冬樹くんを苦しめてるだけみたいに見えるけど?」 僕は下を向いて、歯を食いしばった。 「冬樹くんは帰さない。わかってんなら、さっさと帰んなさいよ」 僕は、顔を上げ、彼女を睨みつけた。 「…可愛い顔してんのねー あんたの方が、よっぽど稼げるんじゃない?」 そう言い捨てると、彼女はさっと振り返って、店に戻っていってしまった。 僕は、悔しくて…悲しくて… そのまま泣きながら、走り出した。 そうなの? 冬樹… 僕は、冬樹を苦しめているだけなのかな… 走り続けて、僕はそのまま、大通りに飛び出した。 キイィィィーーー! 大通りを走っていた車が、僕にぷつかる寸前で、急ブレーキをかけた。 ビックリして僕は、その場に座り込んだ。 「大丈夫?」 車から、1人の男が飛び出してきた。 その男は、ぼくの身体を抱き上げ、そのまま僕を助手席に乗せ、車を出発させた。 「すぐ病院に行くからね」 左ハンドルの大きな車を運転するその人は、冬樹のような、真っ直ぐな髪をしていた。 「…あの…大丈夫です。ホントに…別に、ぶつかってないし…」 「でも一応、診てもらわないと…」 「本当に…平気…です…」 その人は、僕の泣き顔に気付いた様子だった。 「…じゃあ、私の泊まってるホテルに行こう。そこの医療センターで診てもらおう」 「…はい」 そして車は、大通りに面した、大きなホテルの中へ入っていった。 大きな地下駐車場の一角に、車は止まった。 彼は先に降りて、外から助手席のドアを開けて僕に手を差し伸べた。 「歩ける?」 「はい…」 僕は、彼の手を取り…ゆっくり車から降りた。 なんだかボーっとしたまま、彼に連れられて、ホテルの中へ入っていった。 「特に外傷も見当たらないし…骨も心配なさそうですね」 医療センターの女の先生が、笑いながら言った。 「そうか…よかった」 「もし、明日になって、どこかに痛みを感じるようなら、外科の病院に行ってくださいね」 「…はい…わかりました…」 僕はゆっくり頭を下げた。 医療センターを出て、廊下を歩きながら彼は言った。 「いや、よかった…君、家まで送るよ」 「…あ、いえ、ホントにもう大丈夫ですから」 「いや、行くよ…さあ」 彼は、駐車場へ続く階段を降りようとした。 「…いえ…今日はもう…家には帰らないつもり…なんです…」 「えっ?」 僕はじっと…下を向いた。 またじわじわと、涙が溢れてきてしまった… そんな僕の様子を見て、彼は言った。 「じゃあ、ちょっと飲んで行くか?ちょうど私もこれから寄ろうと思っていたんだ」 「…」 僕は黙って頷いた。 彼は僕の肩を優しく抱いて、そのホテルの2階にある、小さなスナックに連れて行った。 「乾杯」 カチッ この人が一体誰なのか…どういう人なのか…不思議とあまり気にならなかった。 ただ…長い髪が、どうにもいちいち冬樹を思い出させて、僕は度々、じっと下を向いた。 「自己紹介してなかったね」 そう言いながら彼は、名刺を差し出した。 結城エンジニアリング株式会社 取締役社長室長 結城貴彦 「…結城…さん?社長室長…へえ…ずいぶん偉い人なんですね…」 「君は?」 「滝崎郁かおる…」 「郁かおるくんか…年は?」 「…15…」 「ええっ本当?18くらいかと思ってた…じゃあ何?まだ高校生?」 「…中学生…です」 「ええっ本当〜この辺の中学に通ってんの?」 「いえ…今はもう、学校は行ってません」 「そうなの…どうして?」 彼は巧みに僕の身上を聞き出していった。 高くて美味しい水割りと、彼の優しい言葉に煽られて…いつのまにか僕は、ポロポロ泣きながら、冬樹への想いを語ってしまっていた。 彼は優しく、僕の話を受け止めてくれた。 そしてすっかり酔いもまわった僕は、そのままその場に突っ伏して眠ってしまった…

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