41 / 149

ぼくらのすすむさき(3)

それからしばらく過ぎたある日、 結城は僕を、冬樹が収容されている施設へ連れて行ってくれた。 狭い暗い面会室の…アクリル板の向こうに、 監視員に連れられて、冬樹が入ってきた。 長い髪を後ろで縛り、見慣れない青いシャツを着た冬樹は、少し痩せたように見えた。 彼はじっと僕を見つめ、 安心したように微笑んだ。 「…元気そうだね」 「…」 僕は、堪らない気持ちで彼の目を見つめ… アクリル板の隙間にそっと手を出した。 冬樹はゆっくり…僕の指先を握った。 そのまま僕らは、何も喋らず… ただずっと、お互いの目を見つめ合った… 静かに、穏やかに、時間が過ぎていった。 「そろそろ時間です」 監視員が事務的な口調で言った。 冬樹がゆっくり…手を離した。 「…またな、元気で…」 「…冬樹もね…」 冬樹は立ち上がり、監視員と共に部屋を出て行こうとした。 ドアの直前で、 彼は振り返り、結城を見つめた。 そして、深々と頭を下げた。 それを最後に… 冬樹の姿は、ドアの向こうに消えた。 黙って冬樹が消えたドアを見つめる僕の肩を、結城がそっと叩いた。 僕はゆっくり… 結城に振り向き、小さく頷いた。 彼は僕の肩を、ぎゅっと抱きしめた。 帰りの車の中で、結城が僕に言ってきた。 「何も喋らなくてよかったのか?」 「…うん」 「もしかして…超能力テレパシーで交信してたとか」 「うん。そーだよ」 「あはははっ…本当に?」 本当に…確かに冬樹は何も喋らなかったけど… 冬樹が僕に言いたいことは、しっかり伝わったような…気がしていた。 冬樹のためにも…僕は強くならなければ。 「冬樹は私にも超能力テレパシーで話してくれた」 「え?」 「最後に、私にお辞儀してただろ?」 「えっ?なんて言ってた?」 「郁の世話を頼むって」 「ええー?なんで〜?」 「くっくっくっ…」 一緒にいる時間が増えるうちに、 結城さんは、たびたび素の表情を見せてくれるようになった。 彼の優しさが、僕の心に浸みた。 静かで快適なBMWを運転する結城の横顔をじっと見ながら… 本当に…ホントに冬樹がそう思うなら… 僕はこの人の世話になろう。 この人の世話になって、自分をしっかり生きていこうと、心に決めた。 今から思えば、冬樹は分かっていたのだ… あれが最後の日だってことを。 もしかしたら冬樹は、 僕の嘘も見抜いていたのかもしれない… それでも、そんな僕をも、 受け入れてくれていたのかもしれない… 冬樹は本当に… あの海のように、大きい人だから… それから僕は、もう二度と冬樹に会いに行くことは無かった。 ただ結城から、しばらく少年院に入るかもしれないことは聞いていた。 4月から僕は、結城の世話で… 都下の外れの山奥にある、全寮制のミッション系の学園に入学することが決まった。 知らない環境で… 僕は新たな生活を始めることになった。 そんなふうに… 冬樹と離れて、歩き出した僕の先には… 実は…更なる魔窟が待ち受けているのだった。

ともだちにシェアしよう!