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ここはラコンブラード学院ですか?(3)

「郁…郁ってば!」 「…うーん…」 雅巳が心配そうに、僕の顔を覗き込んでいた。 「いい加減起きて。もう夕飯の時間だよー」 「…え…もうそんな?」 昨夜のことを一生懸命に思い出してみた。 あのあと…会長さんは、口でしたんだっけか それから、なんか結局周りの人たちともしちゃったんだったよなー やっとお開きになったのは朝方だった気がする… すごく疲れて、やっとの思いで帰ってきたんだっけ… 僕はゆっくり起き上がった。 ハッと思い出して、ズボンのポケットに手を入れた。 ちゃんと札束が入っていた。 「郁…昨夜、大丈夫だったの?」 「うーん…あんまり大丈夫じゃなかった…かな」 「ええっ?…じゃあ…もしかして…」 僕はベッドから立ち上がり…不安げな表情の雅己をじっと見つめて言った。 「君の耳に入るのも時間の問題だと思うから、先に言っとくね」 「…」 雅己はドキドキしながら、僕を見返した。 「僕も…ノーマルじゃないんだ…」 「えええっ?そーなの?そーだったの?」 驚いて、若干逃げ腰になった雅己の、腕を掴まえて、僕は続けた。 「でも、誤解しないで。あのクラブには入らないから。ちゃんと断ってきたから」 「だって…でも…なんか…」 「僕ね、他にちゃんと、好きな人がいるんだ…今はちょっと離れてるけど…だから」 「それって、男の人?」 「うん…だから、例え何があっても、この学校の中で誰かを好きになることは、絶対ないから」 「…そうなの?…」 「雅己には、普通に友達でいて欲しいんだ…」 「でも僕…そっちの友達なんて、今までにいなかったから…」 「別に普通だよ。今までだってそうだったでしょ?それに、好きな人いるって言ったでしょ。だから、普通の人と一緒だよ!」 僕は食い気味に力説した。 「…うーん…わかった…ような…」 「夕食行こう」 「あ…うん」 その日、食堂に集まった生徒の中から、今までと違う目で僕を見る視線が、何度か感じられた。 でも僕は、気に留めないようにした。 それはおそらく雅巳にも伝わってしまったと思う。 戸惑いもあったと思うが、彼はそれ以上、僕に何かを言ってくることはなかった。 ◇◇◇ 僕がここへ来て、もう1ヶ月以上が過ぎた頃。 木々には緑が溢れ、季節は木漏れ日眩い初夏へと移っていた。 そんなある日…雅己が僕を誘った。 「ねえ、郁…スポーツはやらないの?」 「うーん…別に…」 雅巳は健全なテニス部員なのだ 「テニスやらない?」 「うーん…」 「試しに見学か体験に来ない?中等部の若い先生がいるんだけどね、その人結構上手に教えてくれるから、面白いと思うんだ」 「…ほおー」 別にスポーツが嫌いってわけではない… 雅己がそんなに言うなら、この際爽やかにテニスをやってみるのも悪くないかも… そう思って、僕はその誘いに乗った。 次の土曜日の午後… 僕は雅己に連れられて、中庭のテニスコートに来ていた。 「テニスやったことある?」 「ううん。全然…初めて」 「じゃあラケットの持ち方も知らない?」 「うん…」 「そっか…じゃあまず、ラケットを下に置いて〜」 雅巳は、親切に丁寧に… ラケットの持ち方や、ボールの打ち方やらを教えてくれた。 素振りをやって見せてくれたり、僕のフォームを手取り足取り…指導してくれた。 しばらくして、コートの端から…若い先生らしき人が、こちらへ向かって歩いてきた。 「体験入部だって?」 「あっ…先生。そうなんです。僕と同室の…」 「滝崎です。よろしくお願いします」 僕はその先生に頭を下げた。 たぶん、この人が雅巳の言ってた、中等部のテニスの上手い先生だろう… 「滝崎…?」 その先生が聞き返した。 その声には、聞き覚えがあった… 僕は顔を上げ…その声の持ち主を確認した… 「…!!!」 「…郁…?」 富永だった! それは…あの、富永だったのだ。 「あれ?…2人とも、知り合いなの?」 お互い固まって、顔を見合わせる僕らの様子を見て、雅己が尋ねてきた。 「…そ、そうなんだ。俺が教育実習のとき、こいつの学校に行ったんだ…」 富永が、若干狼狽えながら言った。 「ははっ…懐かしいな…な、郁」 「へえーそうなんだぁ。偶然だねー」 「…そうだね…」 僕は、持っていたラケットを雅巳に渡しながら言った。 「ごめん…やっぱ僕には向かないみたい…」 そして足早に、コートを走り出た。 「あっ…郁ー」 「ああ、俺が説得してみよう…」 そう言って富永は、僕を追いかけ、コートを出た。 中庭を走り抜け、葉の生い茂る木々の間を、僕は進んで行ったが… すごい勢いで追ってきた富永に、間もなく追いつかれてしまった。 「はぁ…はぁ…何も、逃げなくてもいいだろ?」 富永はそう言って、僕の腕を掴んだ。 「噂には聴いていたが…まさか、ホントにお前だったとはね」 「…なるほどね〜」 僕はしっくり、頷いてしまった。 「ここは、先生にお似合いな学校ですよね…」 「何言ってんだよ…お前だって、あのときは逃げたくせに、結局そっちなんだろ?」 そう言いながら富永は、僕の顎を持ち上げ…自分のくちびるを近づけてきた。 僕はすぐさま、その手を振り払った。 「…!」 「そうだね。僕は…あのときとは違う…」 富永の目を真っ直ぐに睨みつけ…そう言い放つと、サッと振り向き…僕はその場をあとにした。 「…ふふっ…」 その後ろ姿を見送りながら…富永は含み笑いを浮かべていた。 背中に熱い視線を感じながら、僕は思った… まあ…このまま引き下がる事はないだろうなー きっと何か仕掛けて…来ちゃうんだろうなー 心の準備はしておくか…

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