51 / 149
ふゆきのけつい(2)
冬樹の母親は、係員に促されて面会室を出た。
結城が出迎えた。
「どう…でしたか?」
「…なんかちょっと落ち込んでる感じでしたね…何もしでかさないといいんだけど…」
「そうですか…」
それから2人は別室で、何種類かの書類にサインをした。それは、彼女が結城を正式に、冬樹の保護者代理として認定する手続きのための書類だった。
「悪い母親だと思ってらっしゃるでしょう」
全ての手続きを終え、ホテルへ向かう車の中で、彼女は口を開いた。
「そんなこと、ありません!貴女が悪い母親だったら、冬樹くんはあんなに芯の強い子にはなってない」
結城の力強い反論に、彼女は目を閉じ俯いた。
そしてしばらくして、ふっと顔を上げた。
「そうだ、結城さん。郁くんって、どんな子なんですか?」
「…写真、見ます?」
結城は、信号待ちの隙にカバンから手帳を取り出し…その中に挟んであった1枚の写真を、彼女に渡した。
「あら…ホントに可愛い…」
彼女はじっと、その写真を見つめた。
「この子が…冬樹をねー」
そうこうしているうちに車はホテルに到着した。
「明日、14時にまたここで…」
「結城さん」
彼女は結城の言葉を遮った。
「もう、大丈夫ですから。明日は私、自分で帰りますから…」
そして彼に向かって、深々と頭を下げた。
「どうか…冬樹を、よろしくお願いします…」
「…承知しました」
結城は、冷静に答えた。
「では、ここで。ご主人様にもくれぐれもよろしくお伝えください。明日、お気をつけて…」
「本当に、ありがとうございました、結城さん!」
そう言うと、彼女は振り向きホテルの中に入って行った。
彼女がフロントのカウンターにたどり着くのを確認してから…結城は車に戻った。
郁と2人で、おふくろのところに遊びに…か
そんな日が…いつか来るんだろうか…
母親との面会を終えた冬樹は…自分の独房で横たわって考えていた。
いつか…ね
郁は待ってる。
きっと間違いなく俺のことを待ってる…
会いたい…
どーしてんだろうなー
あいつのことだから、きっとまたいろんな奴等を手玉にとってるんだろうな…
で、俺が戻ったら…俺べったりになるんだろうな
っていうか、俺自身があいつを手離せなくなるな…
それって…ある意味、あいつの良さを俺が駄目にしちゃうんじゃないのか
これでこのまま戻ったとして…
俺には何もないし…
あいつにはあいつの生活があるし…
結城さんの元で自分を手探りしてるあいつの所に、俺が今更のこのこ出ていったところで、あいつにとって良いことは何も無いんじゃないのか?
俺自身の力であいつを守ることなんて出来ない…
結城さんの世話になるしかない。
俺は郁が好きだ…
郁のことを愛してる…
でも…それだけだ。
俺は…
散々考えた挙句…
冬樹は、次の面会日に、結城に言った。
「郁に、手紙を書きたいんです」
「…わかった。明日用意する」
冬樹の目が、いつになく深いところに行っているように見え、結城は心配そうに訊いた。
「何を企んでる?」
「…いえ?なにも…」
「お母さんと会って、何か思うことでもあったのか」
「…いや別に、何も変わってませんよ。おふくろのことはホントに感謝してます。わざわざ連絡してくれて…」
「…じゃあ、郁のことだね」
「ははっ…まあそんなとこです」
「あいつは待ってるよ」
「…知ってます」
冬樹はまた声を小さくして続けた。
「…でも、待ってて何か良いことあるんですかね…」
「…そんなこと、考えていたのか?」
「ははっ…やっぱり、こんなとこ入るもんじゃないですね…考える時間が多過ぎるんだよな…」
また冬樹は、取り繕うように少し笑って言った。
「そろそろ時間です」
結城が、冬樹にもっと何か言おうとした途端に、事務的な声が響いた。
冬樹はシュッと立ち上がり、
「じゃスイマセン…明日お願いします」
とだけ言い残して、そそくさとドアの向こうへ消えて行った。
俺にできること…
大好きな郁のために、今俺がするべきこと…
次の日、結城は頼まれた物を届けに面会に臨んだが、冬樹は体調不良を理由に、それを断った。
仕方なく結城は、物だけ置いて帰っていった。
届けられた便箋を前にして、冬樹は自分の思いを一気に書き綴った。
そしてそれを畳んで、封筒に入れた。
じっと目を閉じ…冬樹は布団の下から、隠しておいたある物を、取り出し…
次の瞬間…冬樹はその場に蹲るように倒れた…
薄れていく意識の中で、冬樹は呟いた。
郁…
あの頃のように、もう一度…お前と…
ともだちにシェアしよう!