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ふゆきのけつい(2)

冬樹の母親は、係員に促されて面会室を出た。 結城が出迎えた。 「どう…でしたか?」 「…なんかちょっと落ち込んでる感じでしたね…何もしでかさないといいんだけど…」 「そうですか…」 それから2人は別室で、何種類かの書類にサインをした。それは、彼女が結城を正式に、冬樹の保護者代理として認定する手続きのための書類だった。 「悪い母親だと思ってらっしゃるでしょう」 全ての手続きを終え、ホテルへ向かう車の中で、彼女は口を開いた。 「そんなこと、ありません!貴女が悪い母親だったら、冬樹くんはあんなに芯の強い子にはなってない」 結城の力強い反論に、彼女は目を閉じ俯いた。 そしてしばらくして、ふっと顔を上げた。 「そうだ、結城さん。郁くんって、どんな子なんですか?」 「…写真、見ます?」 結城は、信号待ちの隙にカバンから手帳を取り出し…その中に挟んであった1枚の写真を、彼女に渡した。 「あら…ホントに可愛い…」 彼女はじっと、その写真を見つめた。 「この子が…冬樹をねー」 そうこうしているうちに車はホテルに到着した。 「明日、14時にまたここで…」 「結城さん」 彼女は結城の言葉を遮った。 「もう、大丈夫ですから。明日は私、自分で帰りますから…」 そして彼に向かって、深々と頭を下げた。 「どうか…冬樹を、よろしくお願いします…」 「…承知しました」 結城は、冷静に答えた。 「では、ここで。ご主人様にもくれぐれもよろしくお伝えください。明日、お気をつけて…」 「本当に、ありがとうございました、結城さん!」 そう言うと、彼女は振り向きホテルの中に入って行った。 彼女がフロントのカウンターにたどり着くのを確認してから…結城は車に戻った。 郁と2人で、おふくろのところに遊びに…か そんな日が…いつか来るんだろうか… 母親との面会を終えた冬樹は…自分の独房で横たわって考えていた。 いつか…ね 郁は待ってる。 きっと間違いなく俺のことを待ってる… 会いたい… どーしてんだろうなー あいつのことだから、きっとまたいろんな奴等を手玉にとってるんだろうな… で、俺が戻ったら…俺べったりになるんだろうな っていうか、俺自身があいつを手離せなくなるな… それって…ある意味、あいつの良さを俺が駄目にしちゃうんじゃないのか これでこのまま戻ったとして… 俺には何もないし… あいつにはあいつの生活があるし… 結城さんの元で自分を手探りしてるあいつの所に、俺が今更のこのこ出ていったところで、あいつにとって良いことは何も無いんじゃないのか? 俺自身の力であいつを守ることなんて出来ない… 結城さんの世話になるしかない。 俺は郁が好きだ… 郁のことを愛してる… でも…それだけだ。 俺は… 散々考えた挙句… 冬樹は、次の面会日に、結城に言った。 「郁に、手紙を書きたいんです」 「…わかった。明日用意する」 冬樹の目が、いつになく深いところに行っているように見え、結城は心配そうに訊いた。 「何を企んでる?」 「…いえ?なにも…」 「お母さんと会って、何か思うことでもあったのか」 「…いや別に、何も変わってませんよ。おふくろのことはホントに感謝してます。わざわざ連絡してくれて…」 「…じゃあ、郁のことだね」 「ははっ…まあそんなとこです」 「あいつは待ってるよ」 「…知ってます」 冬樹はまた声を小さくして続けた。 「…でも、待ってて何か良いことあるんですかね…」 「…そんなこと、考えていたのか?」 「ははっ…やっぱり、こんなとこ入るもんじゃないですね…考える時間が多過ぎるんだよな…」 また冬樹は、取り繕うように少し笑って言った。 「そろそろ時間です」 結城が、冬樹にもっと何か言おうとした途端に、事務的な声が響いた。 冬樹はシュッと立ち上がり、 「じゃスイマセン…明日お願いします」 とだけ言い残して、そそくさとドアの向こうへ消えて行った。 俺にできること… 大好きな郁のために、今俺がするべきこと… 次の日、結城は頼まれた物を届けに面会に臨んだが、冬樹は体調不良を理由に、それを断った。 仕方なく結城は、物だけ置いて帰っていった。 届けられた便箋を前にして、冬樹は自分の思いを一気に書き綴った。 そしてそれを畳んで、封筒に入れた。 じっと目を閉じ…冬樹は布団の下から、隠しておいたある物を、取り出し… 次の瞬間…冬樹はその場に蹲るように倒れた… 薄れていく意識の中で、冬樹は呟いた。 郁… あの頃のように、もう一度…お前と…

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