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もうひとつのなつやすみ(1)
7月…
期末試験も終わり、明日から1ヵ月半以上の長い夏休みが始まろうとしていた。
「郁は?どーするの?」
「うん、僕は8月の初めにちょっと帰るけど、あとはずっとここにいる」
「そーなんだ…」
大抵の生徒は、夏休みは自宅へ帰るらしい。
でも、みんながずっと帰っているわけではなく、寮に残る生徒もそこそこいるらしい。
「雅己は?すぐ帰るんでしょ?」
「うん…まあ追試が無ければ、だけどねー」
「そっか…」
僕は、結城さんの休みに合わせて、8月の初めに1週間ほど外泊するほかは、ずっと寮に残ることになっていた。
さしあたり僕らは、大勢の生徒で賑わう、掲示板の前にやってきた。
そこには、追試の生徒の名前が各教科ごとに貼り出されていた。
「あー」
残念ながら…というか、やっぱり…というか、ほとんどの教科の欄に『滝崎郁』の名前が記されていた…
「全然ダメだったなー」
「だって郁、全然試験勉強してなかったもんねー。僕が徹夜してたときだって、郁はグーグー寝てたし…」
中学3年の半分は学校行ってなかったからなー
なんとか受験のための勉強はしたけど…
授業を受けて、その内容からの試験っていう、感覚が取り戻せてないんだと…思うんだよね(言い訳)
「僕の夏休みは、少なくとも1週間遠ざかった」
「くっくっくっ…」
そして僕と雅巳は、その場を離れ、食堂へ向かった。
「…郁!」
と、向こうから律也がやってきて、僕に声をかけた。
「試験も終わったことだし、どう?今夜…」
「あ、雅巳…先行っててくれる?すぐ行くから…」
「うん…」
僕は雅巳を先に行かせて、
律也と2人…廊下の隅に立った。
「悪いんだけど…僕、追試がいっぱいなんだ。君と遊んでる余裕ない」
実は律也とは、
あれから数回遊びに付き合った。
夜中にコッソリ抜け出し、
タクシーで近くの繁華街とかに行くんだが…
「律也ってさあ…ホントに金遣い荒いよねー」
「そーかなー」
「自覚ないのか、ボンボンは…」
まず居酒屋でテキトーに飲む。
そのあとカラオケとか行ってまた飲む。
それからゲーセンとか、パチンコ屋とかに行く。
追い出されたあとは、生バンドとかの入った怪しげなクラブなんかに行って、また飲む…
学院に戻ってくるのは、いつも明け方近くだった…
そんな状況を想定すると…
この追試を前に律也と遊びになんて、とてもとても行きたくなかった。
「なにお前、追試なの?」
「スイマセンねー」
「…じゃあさ、今夜だけ、俺の部屋で軽く飲むってのはどう?勉強は明日からってことで」
「うーん…それくらいなら、大丈夫かな…」
「そーしよ、ね。じゃあ待ってるから、バイバイ」
そう言って律也は去って行った。
もう〜他人事だと思って…
そして僕は食堂へ行き、
先に着いていた雅己の隣の席に座った。
雅巳が、恐る恐るな感じで訊いてきた。
「ねえ郁…さっきの人と、どういう関係なの?」
僕は笑いながら答えた。
「くっくっ…やだなー雅己ってば。そんなんじゃないよ、ただの遊び友だちだよ」
「あ、そうなの…そーなんだ」
「心配すんなよ、最初に言ったろ?」
そして夕食を済ませて、僕らは部屋に帰った。
雅巳はすぐに、帰宅の準備を始めた。
僕は、ひと休みしてから、律也のところへ出掛けることにした。
「じゃ、僕…さっきのヤツのとこに行ってくるね」
「そう…気をつけてねー」
「朝、もしかしたら起きれないかもしれないから、今のうちに言っとくね。いってらっしゃいー」
「くっくっ…ありがと。郁も、あんまり羽目を外さないようにね」
「うん…じゃあねー」
部屋に雅己を残して、
僕はコッソリ抜け出した。
非常階段を降り、中庭を抜けて…
律也の部屋のある棟へ向かった。
コンコン。
「どうぞー」
ドアを開けて中に入ると…律也と、もう1人誰か知らない生徒がソファーに座っていた。
「あ、こいつ…隣の部屋の、正田弘真。金持ち…」
冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら、
律也が言った。
なんて紹介の仕方だ…
「あ、どうも…」
「よろしく…郁くん…だっけ?」
「うん」
正田って人は、背が高く短髪だけどサラサラの髪で、結構カッコいい感じの人だった。
律也は持ってきた缶ビールを僕に渡した。
「別にいいだろ?一緒でも」
「うん」
「なんかさあ、こいつ…お前に紹介しろって、うるさかったんだよね」
「なんで?」
「君と話がしてみたかったんだよねー」
そう言いながら正田は、自分の持っている缶を、僕の缶にカツンと当てた。
「乾杯」
僕は缶ビールを開け、半分くらいまで飲んだ。
そしてテーブルの上の煙草を取った。
と、すかさず正田が、
ライターに火をつけ、僕の方に向けた。
「…ありがとう」
僕は、すぅーっと、深く煙を吸い込んだ。
2人はもう何本か空けたらしく、何だか色々と喋っていたが…
僕が入れそうな話題は、なかなか無かった。
と、しばらくして、正田が切り出した。
「ねえ、律也と郁ってさーつき合ってんの?」
「えー?違うよー冗談だろ?」
律也はすぐに思い切り否定した。
「そうなの?」
そして律也は、僕に言った。
「そうそう、こいつね、実はあのゲイクラブに入ってんだよねー」
「えっ?」
僕はビックリして顔を上げ…正田の方を見た。
「…じゃあ…あのとき…」
正田はニヤッと笑った。
「残念ながら参加してはいないけど、見てはいたよ」
「…そう…なんだ…」
僕と正田のやりとりに、
律也は妙な顔をしていた。
そんな律也に、正田が再び尋ねた。
「ねえ、ホントにつき合ってないの?」
「つき合ってないって!しつこいなー」
「じゃあ…俺が誘っても構わないわけだよね?」
突然の言葉に驚いたのは…
むしろ律也の方だった。
「えっ…何だよそれ」
そんな律也を無視して…
正田は、僕の隣へ擦り寄ってきた。
そしてポケットから財布を出した。
「いくらなの?」
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