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もうひとつのなつやすみ(2)

正田は徐に財布から、1万円札を2枚出した。 「コレでどう?」 「…いや、1枚で十分です」 「いーよ。だって、こないだもっと取ってただろ?」 そう言いながら彼は、それを畳んで僕の手を取って握らせた。 僕はふっと笑って答えた。 「…わかりました」 「おい、ちょっと待てよ!ダメだよ、そんなの!」 律也は慌てて、大声で叫んだ。 僕は冷静に言った。 「なんで?そこは律也には関係ないでしょ?」 「そーいうこと。なんなら一緒に…3人でしてもいいけど?」 「冗談じゃねえっ…」 正田の言葉に、律也は一層腹を立て…震える手で煙草に火をつけた。 「じゃ行こうか」 そう言って正田は立ち上がり…僕の手を握った。 僕も、彼に続いて立ち上がった。 「い、行くって…どこへ?」 「俺の部屋に決まってんだろ。ここで始めたら、またお前がブチ切れるじゃん」 正田は僕の手を引いて、ドアの方へ歩いていった。 「か、郁っ」 律也が僕を呼び止めた。 「終わったら戻ってくるから…」 僕は、そんなのなんでもないような口調でそう言って、正田について、部屋を出た。 律也は立ち上がり、僕を止めようとしたが…目の前でドアがバタンと閉められた。 「…」 律也は、しばらくドアの前で、じっと考えていたが… しばらくしてから、ドアを開けて、廊下へ出た… 正田は、自分の部屋に僕を招き入れると、後ろ手でドアを閉めた。 そして、電気をつける間も惜しんですぐに…僕を思い切り抱きしめて、くちびるを重ねてきた。 「…んん」 その口づけは…とても心地良かった。 あーこの人は、かなり遊び慣れてる人だな… 余計なこと考えないで、 全てお任せなのがいいかもな… 「ん…んんっ」 ただ、少し大げさにリアクションすることだけは、忘れなかった。 正田はそのまま…僕を傍のソファーに押し倒した。 その頃律也は… 足音を忍ばせながら、自分の部屋のドアから、正田の部屋のドアへ、向かっていた。 迷いながら…考えながら… そして思い切って、 正田の部屋のドアノブを掴んだ。 彼は自分の心臓が、驚くほど大きな音で鳴っているのを感じていた… 気付かれないように… そーっとほんの少しずつ… ゆっくり律也は、ノブを回した… そしてノブが、それ以上回らなくなったのを、よく確かめてから… 今度はそれを、そーっと引いた。 「…」 少しずつ広がる隙間に、 彼はそっと顔を近づけて、中の様子を伺った… 「…んっ…あ、ああ…」 「…!!!」 律也の耳に飛び込んできたのは… 紛れもない、僕の喘ぎ声だった… 「あ、んああっ…」 「…ここが、いいのか?」 「…ん…うん…すごく…気持ちいい…」 暗闇の中…少しずつ目が慣れてきた、彼のその目に映ったのは… ソファーの上に、裸で横たわる僕と… その僕の上に覆い被さり、僕の身体に指や舌を這わせている正田の姿だった。 目の前の、衝撃的な光景に…律也は固まった。 「ん…?」 正田の愛撫に顔を反らし…僕はふと、隙間の開いたドアの向こうの、律也の姿に気付いた。 「…」 彼は固まったまま…僕の目を、見つめた。 それに応えるように…僕も彼の目を見返して… そしてニヤッと笑ってみせた。 「…!」 それを見た律也は、怒ったような表情をし… そしてわなわなと震えながら、思い切りバタンとドアを閉めた。 「…誰か…いた?」 正田は愛撫の手を止めないまま…囁くように言った。 「…うん…律也が…んっ…」 僕は目を閉じて答えた。 「へえー。そう…ふふふっ」 せせら笑うような口調で言いながら… 彼は僕のモノに口付けた… 律也は、ものすごい勢いで自分の部屋へ駆け戻り… ドアをバタンと閉めた。 そして冷蔵庫へ直行し、 缶ビールを1本取り出して、フタを開けるが早いが、ぐいぐいと一気に飲み干した。 「…」 飲み干した空き缶を…彼は片手でグシャッと握り潰し…思い切り壁に投げつけた。 そしてゆっくりソファーに座り…煙草に火をつけた。 「別に…関係ねーよな…あいつが何しようと…」 律也は、自分を宥めすかすように、呟いた。 「うん…関係…ない」 そしてもう1度… 冷蔵庫から缶ビールを取り出すと… 今度はゆっくり、少しずつ飲んだ。 彼が、それを空け… もう1本取り出してきたとき… バタン。 「ただいまー」 僕はコトを終えて…律也の部屋に戻った。 「あの人、寝ちゃった。早く終わってよかったわ」 そう言いながら、ソファーに座り… 彼が今開けた缶を、横から取って飲んだ。 「…」 「どーしたの?」 黙ったままの律也に… 僕は至って普通に訊いた。 「…なんか、俺…ショックだわ…」 「なんで?最初から知ってたじゃん、僕がそーいうヤツだっての…」 「…うん、まあ、そーなんだけどさ…」 そしてなんだか、 妙に気まずい雰囲気が立ち込め… 律也はそのまま何も喋らなくなってしまった。 僕は仕方なく立ち上がり… ドアの方に向かった。 そして途中で振り向いて、言った。 「ごちそうさま。あの人から多めに貰ったし、まだ余力もあるから、なんなら律也とも…くらいに思ってたけど… どうもそんな気分じゃないみたいだから、今日はこれで帰るね」 「…ん」 それでも、もう彼は僕の方を見向きもしなかった。 「バイバイ」 それだけ言い捨てて、 僕はドアを開けて出ていった…

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