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暑苦しい日々(3)

それから律也は…ずっと僕を離そうとはしなかった。 夜はもちろん、毎晩彼の部屋に泊まる羽目になった。 昼間も一緒に行動した。近所の市街地に外出したり…院内のジムに行ったり… そして彼は、毎晩僕を抱き…毎晩金を払ってくれた。 金を払ってくれるので、僕は断りようが無かった。 律也に言われるがまま…なすがままになっていた。 そんな感じで4〜5日経った、ある日… その日は律也がなかなか起きてこないので、僕は一足先にに朝食に向かうことにした。 「先に行くねー」 「…んー俺も…すぐ行く…」 そして僕が部屋を出ると… そこに待ち伏せるように、1人の男が立っていた。 正田だった。 「おはよう」 「あ、おはよう…」 正田はせせら笑うような表情で、僕に近寄ってきた。 「やっぱり律也とつき合ってんの?」 僕は冷静に…彼の目を見返して答えた。 「違うよ」 「本当?でもあいつはそう思ってんじゃないの?」 「知らない。でも違うよ。つき合ってなんかない」 「そーなの…」 正田はそう言いながら、僕に顔を近づけてきた。 「じゃあさ、今から予約しといたら、今夜はこっちに来てくれんの?」 「…いいよ?」 僕は微笑みながら答えた。 「ホント?」 バターン。 そのとき、勢いよくドアが開いて、律也が中から飛び出してきた。 「…!!」 正田と僕が一緒にいるのを見て…律也の表情が、見る見るこわばった。 「うそ。やっぱやめとくわ」 そう言って、正田は今度は律也に向けて言った。 「おはよう律也。俺、明日帰るから安心して」 それだけ言い捨てて、正田はさっさと歩いて行った。 律也は慌てて、怒ったような顔で言った。 「何?あいつ、何だって?」 僕は別に何事でもないように答えた。 「うん、今夜どうかって言ってたんだけど、やっぱやめるって」 それを聞いた律也は、大きな溜息をついた。 そして僕の肩を抱いた。 「よかった…そっか…もう、油断も隙もないな」 それからというもの、ますます律也は僕から離れなくなった。 もう僕は、ほとんど自分の部屋にさえ戻れなかった。 それでも日は経ち… 律也が自宅へ帰らなければならない最後の夜が… ようやくきた。 ベッドで僕を抱きしめながら…律也は口を開いた。 「お前を残して行くの…嫌だな…」 「しょうがないじゃん、どーせすぐまた会えるし」 「長いよー1ヶ月もあるんだぜー…なあ、郁…」 彼は僕の目を見つめて言った。 「俺がいない間…絶対、他のヤツと寝ないって、約束してくれる?」 「そんなの…約束できるわけないじゃん、悪いけど」 僕は即答した。 彼は急にガックリ落ち込んだ表情になった。 それを見て…ちょっと笑いながら、僕は続けた。 「…でも僕も、もう3日後には出てくから、そんなことしてる暇はないと思うよ…たぶんね…」 「…そっか…そーだよな」 それを聞いて彼は、僕に口付けた。 そして…もう身体中が痺れるくらいに、強く僕の身体に自分の手足を絡み付かせて、眠りについた。 その日は観念して…僕もなんとか寝た。 次の日は、7月最後の日だった。 既に寮に残っている人数は半分以下だったが…そのうちの更にほとんどが、この日に帰省していった。 その迎えの車の列の中に… ひときわ目を引く大きなメタリックの外車が止まっていた。 それを運転していたのは…律也の家の運転手だった。 「派手だなー。律也ってホントに金持ちなんだね」 「別に…でも、それでお前が俺の物になるんだったら、いくらでも注ぎ込むわ」 「ふふっ…よく言うよ」 「じゃあ…」 「うん、いってらっしゃいー」 人目につくので…最後の抱擁と口付けは、もう彼の部屋で済ませてきていた。 後ろ髪を引かれる思いで、律也は車に乗り込んだ。 走り去っていく彼を乗せた車に向かって、僕は手を振った。 ふうー やっと解放されたー それが本音だった。 僕は自分の部屋に戻った。 机の前の椅子にドッカリ座り…机の1番上の引き出しを開けた。 その中には、これまでに律也が支払ってくれた金が、ゴッソリ入っていた。 僕はそれを1枚1枚数え…10枚ずつの束を幾つか作った。 そこには、律也の分だけでなく、正田や富永…また、いちばん最初のゲイクラブのときのも一緒になっていたので、その金額は、かなりのものになった。 それらを全部、僕は1つの封筒にまとめて入れた。 これは、結城さんに渡そう。 そして再び、その封筒を、引き出しに戻した。 それから3日間…僕は本当にのんびりと過ごした。 ほとんど人のいない学院は、静かで気分がよかった。 山の中なので、真夏でも、中庭を吹き抜ける風は爽やかだった。 昼下がりには木陰の芝生に寝っ転がって過ごした。 穏やかに過ぎた最後の夜、 僕はベットに入って目を閉じた。 明日は結城さんに会えるんだ… 久しぶりだな、結城さんと、するの… そして今までのことを、思い巡らせた。 律也のこと…その他の奴等のこと… そうこうするうちに、冬樹の姿が浮かんできた。 冬樹…ごめんね、こんなことになって… でも、大丈夫だから 冬樹が戻って来さえすれば、もう… 僕はもう、他の誰とも… 結城さんとも、もう…しないから。 冬樹に申し訳ない気持ちはもちろんあるのだが、 自己弁護な言い訳が、 先に出てきてしまうようになってしまった… ちなみに… あんなに寂しそうに帰っていった律也のことなんて、 僕の中にはこれっぽっちも無かった。

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