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ゆめのなかでのわかれ
鉄筋の、白い建物の前に、僕は立っていた。
「郁…」
冬樹の声がした。
僕は顔を上げた。
「郁、ここだよ…」
声のする方を見上げると、その建物の屋上に、冬樹はいた。
相変わらず長い髪を、風になびかせて
手すりから身を乗り出して…
僕に向かって手を振っていた。
「冬樹…」
僕は目を細めた。
そして叫んだ。
「冬樹!そこにいたの…今行くから、今行くから、そこで待ってて!」
「郁ー早く来いよー」
冬樹も僕に向かって叫んだ。
「待っててねっ」
そして僕は駆け出し、建物の入り口に飛び込んだ。
ドアを潜ると、目の前に階段があった。
僕はその階段を駆け上った。
と、2階の踊り場に…藤森が、立ちはだかった。
そして僕の腕を捕まえて、隣の部屋へ引きずって行った。
「ここで手続きをしないと、これより上の階には行けません」
彼の差し出した用紙を、僕は必死で、ハジから埋めていった。
「郁ー早くー」
冬樹の声が聞こえる。早く行きたい。早くして!
藤森は、ゆっくりその用紙を受け取り、いくつもハンコを押して、また僕に差し出した。
「はい、ではコレを持って3階へ上がってください」
僕はそれを奪い取って、再び階段を駆け上がった。
しかし、3階では富永が…
4階では正田が…
それぞれ僕を捕まえて、同じような手続きをさせた。
そして、ようやく僕は、最上階にたどり着き、屋上に通じる扉に、手をかけた。
「郁…早くー」
冬樹が呼んでる。早く行かなきゃ…
ところが…そこでまた、僕は誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、律也が立っていた。
「こちらで検査を受けて頂かないと、この先には行けません」
そう言いながら彼は僕を、隣の部屋に連れて行き、服を脱がせて、白いベッドに括り付けた。
「郁ー」
相変わらず冬樹の声が響いていた。
僕は、そのベッドごと、銀色の大きな機械の中に入れられた。
そして律也は、外の操縦室みたいな所で、何かの機械を操作していた。
ふと、僕を括り付けていた器具が緩んだ。
僕はその隙に起き上がって、その部屋を飛び出した。
「郁…」
そして屋上への扉を、両手で押し開けた。
「冬樹ー!」
冬樹は、屋上の手すりに寄りかかり、僕に向かって微笑み、両手を広げた。
「郁ー」
僕も両手を伸ばして、冬樹に駆け寄った。
その手が、冬樹の指先に…触れる触れないか…の瞬間
突然、冬樹の後ろの手すりが、音を立てて崩れた。
「冬樹!!」
そして冬樹は、そのまま後ろに倒れ…
手すりと共に、地上へ落ちていった…
ガシャン。
不思議な音がした。
僕は急いで駆け寄り、下を見下ろした…
「冬樹ーー!」
コンクリートの上に…
仰向けに倒れた冬樹が、そこにいた。
両手をそのまま、僕に向かって広げていた。
「今いくよ、冬樹…」
僕はなんの躊躇いもなく
その、地上に倒れる冬樹めがけて…飛んだ。
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