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爽やかな日々(3)

2階もひと通り見終わって、 僕はまた階段を下りていった。 と、下の部屋から話し声が聞こえてきた。 僕は、その声のするリビングへ急いだ。 僕が扉を開けると… ちょうど結城が電話の受話器を置いたところだった。 「…仕事?」 「いや、違うよ。今夜の食事を予約した。ここに来るときにいつも行ってる店なんだ」 「ふうん…」 いつの間にか、もう日が落ちかけていた。 「仕度して出かけよう。お前も運動してお腹空いたんじゃないのか?」 「…うん、まあね」 そして結城は僕に近寄ってきて、ポンと肩を叩いた。 「そんな魅力的な格好じゃ入れてもらえないよ。早く着替えてこい」 「あ、そっかー」 僕はそれから急いでシャワーを浴び、髪を乾かし… 結城の用意してくれた服を手に取った。 フリルのついたシャツ…?! 「ええー?結城さーん、こんなん着るの?」 「お前に似合うと思うんだけどな…」 別荘も現実離れしてるけど… 服の趣味もだな… やっぱりこの人… 凄い人なんだろうけど、ちょっとズレてる? 「ふふふっ…」 僕は思わず笑ってしまった。 そんな新たな発見すら、楽しかった。 「うん、似合うね。魅力的だよ。さ、行こう」 ちょっと照れ臭かったけど… 結城の言葉に気を良くして (もちろん鏡で見て、自分でもそう思ったが) 僕は車に乗り込んだ。 そして僕らの車は、再び繁華街を通り抜けて行った。 途中、信号待ちで車が止まったとき、僕はふと、周りの景色を見渡した。 軽井沢の街中は、東京の…まさに池袋のように、若い人たちがたくさん歩いていた。 もちろん、僕と同じくらいの年頃に見える人もいた。 僕だって…本来なら、こんな車に乗れるような人種じゃないのになー 高校生くらいの子が、安物の服を着て、ハンバーガー屋から出てくるのを見たりすると… 何だかすごく…今の自分が不思議に思えてきた。 その街中を抜け…また山道を少し入って… 車は、ある立派なホテルに着いた。 大きな正面玄関に車を止めて、僕らは降りた。 あとは、従業員が、駐車場まで運転して行ってくれるんだそうだ… そのホテルの2階に、結城が予約した店はあった。 「いらっしゃいませ。お久しぶりです、結城さま…お待ちしておりました」 支配人らしい風体の男性が、丁寧に頭を下げて僕らを出迎えてくれた。 彼はそれから、僕らを奥のテーブルまで案内し… 僕が座ろうとした椅子を引いてまでしてくれた。 その店は高級感に溢れていた。 他の数組の客層も、自分とは違う世界の人のように思えた。 何というか…結城さんと同じ 自分でパンを買えない人たち…? なんだかなー 僕みたいな庶民がこんな所にいていいのかな… 「どうかした?」 落ち着かない感じの僕に、結城が声をかけてきた。 「なんか…僕…場違いじゃない?」 「なんで?」 「だって…僕…ホントは、結城さんがいなかったら、一生こんな所来られないような人間なのに…」 「ふふっ…そんな事考えてたのか?」 結城はゆっくり、言いくるめるように言った。 「片手間であれだけ稼げるお前と、同じ勢いで稼げるやつは、なかなかいないと思うが?」 「…」 僕は何も言えず、顔を赤らめた。 「なんなら今日は、お前にご馳走になってもいいよ」 「あっ…是非そうして!」 「はははっ…冗談だよ。」 結城に励まされ、僕はちょっと落ち着いた。 そして、気持ち良くディナーを楽しんだ。 その店の料理は、本当に素晴らしかった。 何とかの何とかソース、何とか添え…って言われても 僕には全然ピンと来なかったけど… きれいなお皿に美しく盛り付けられていて… 小さなひとつひとつの部品も… 模様のように描かれた、ソースの雫さえもが美味しかった。 例の支配人らしき人が、帰るとき、 今日の記念に、とお店のロゴ入りの灰皿をくれた。 大満足で、僕らは再び別荘に戻った。 「すーっごく美味しかったねー」 「それはよかった…」 車から降り、僕らは中に入った。 結城が言った。 「私はちょっと仕事があるが…お前は風呂でも入ってゆっくり好きにしてて」 「そうなの?大変だねー」 「2階の右側のベッドルーム、好きなように使っていいから。もし何か飲みたかったら、戸棚や冷蔵庫から勝手に取って」 「わかった。ありがとう…」 そして結城は、ネクタイを緩めながら…書斎へ入っていった。 僕はさっそく、さっき見た大浴場(庶民的な呼び方)で、のんびり汗を流した。 バスローブに着替え、2階に上がり… 書斎のドアを、トントンとノックした。 「風呂出ましたー 結城さん、どうぞー」 「んー」 中から声が聞こえた。 あとは、パチパチという、パソコンのキーボードを叩く音が聞こえた。 忙しいんだなー 僕は右側のベッドルームに入り… そのままベッドにバッタリと倒れ込んだ。 そしてそのまま… 気持ちよく、うつらうつらと寝入ってしまった。

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