65 / 149
爽やかな日々(5)
それから僕らは、本当に穏やかな日々を送っていた。
車で近辺の観光スポットを巡ったり…
僕の希望で、少し遠い牧場に行ったりもした。
その日は特に出掛けず…静かな別荘で、
お互い好きなことをして過ごしていた。
日が傾きかけた頃…結城が僕に声をかけた。
「今日は何が食べたい?」
「うーん…」
僕は少し考えた。
実は…ちょっとやってみたい事があるのだ。
「あのさ、結城さん…」
「ん?」
「あの…キッチンって、使ってもいいの?」
「えっ…もちろん構わないけど?」
「じゃあさ、今日は僕が何か作ってみてもいい?」
「…料理できるのか、お前」
失礼だなー
一応、専業主婦的な時期もあったからね。
あの広くてピカピカのキッチンが、僕はずっと気になっていたのだ。
「できるよー…たぶん…」
「くっくっくっ…よし、じゃあそうしよう」
そういうわけで、僕らは車を走らせて
近くのスーパーマーケットに行った。
「……」
結城はまた、物珍しそうに辺りを見回していた。
「結城さん…もしかして、こーいう所初めて?」
「…ん?…ああ」
「いつも家でごはんどうしてんの?」
「外で食べるか…ケータリングだな…」
「毎日夏休みじゃん」
実際、ここ数日の食事といえば、
まさに外食とケータリングだった。
「じゃあ今日は、庶民ごはん初体験だねー」
「はははっ…」
さて、何を作ろうかなー
せっかくの初体験だから、
いっそ思いっ切り庶民的なのがいいか…
と、野菜売り場を見ると…
地元で採れた野菜のコーナーがあった。
みずみずしい夏野菜が並んでいた。
ラタトゥイユがいいかな。簡単だし。
僕はそのコーナーから、ナス、きゅうり、トマト、ズッキーニを取った。
あとは玉ねぎだな。
きゅうりとトマトは新鮮だから生にしようか…
そしたらそれを添える、肉か魚があった方がいいか。
「結城さん、肉と魚…どっちがいい?」
「俺は…肉の方が好きだな」
あ、また俺だった。
「わかった。じゃあ魚にしよう」
せっかくの初体験だからね。普段あんまり食べない物の方がいい。
僕は鮮魚コーナーに移動した。
「うーん」
いろいろ悩んだ末…
他に調味料を揃えるのも大変かと思って、味付きの切り身を選んだ。
あとは、焼くためのオリーブオイルと…
ラタトゥイユのための固形スープの素。
バケットも買った。
ワインは結城さんに選んでもらうことにした。
「こんな風に売ってるのか…」
結城は、興味深々の様子でワイン売り場を見て回った。
「俺の知ってるのが無いな…」
あ、そっか…
所詮スーパーの品揃えだから、そんなに高いのは無かったか〜(てか、また俺だった)
「じゃあ、これ。ラベルがカッコいいから」
僕は、風景画のラベルのワインを手に取った。
「庶民ワインも初体験でいいんじゃない?」
「くっくっくっ…」
帰りの車を走らせながら…
結城は僕に、しみじみと言った。
「いや、とても勉強になった。ありがとう」
「いや、普通はこれが普通なんですけどね…」
別荘に戻ると、
僕は早速、キッチンに入った。
買って来た物を、中央の広い調理台の上に置き…
まずはあちこちの戸棚をバタバタ開けて、
どこに何が入っているのかを確認した。
立派なまな板と、包丁も揃っていた。
冷蔵庫もちゃんと冷えていたし、製氷機もあった。
なんだ、ここから氷貰えばよかったのか…
まずは、きゅうりとトマト1個を氷水にさらす。
残りのトマトは、水と一緒に鍋に入れて火にかける。
玉ねぎ、ナス、ズッキーニを切ってオリーブオイルで炒める。鍋ではなく、深めのフライパンを選んだ。
「へえー…サマになってるな…」
結城が、酒の入ったグラスを片手に入ってきた。
「あ、結城さん、ここに氷あるの知ってた?」
「…いや…」
僕は製氷機から氷を取って、結城の持っているグラスにカランと入れた。
「そうだったのか…」
確か、さっきどこかで見かけたと思って、
僕はまた戸棚をバタバタ開けて、アイスペールを探し出した。
それに氷を入れて、結城に渡した。
「ありがとう…ロックで飲めるのはありがたいな」
そして僕は続きに取り掛かった。
ひと煮立ちしたトマトは、水で冷やす。
フライパンの野菜は、しんなりするまで弱火で放置。
「あ、結城さん」
「ん?」
結城はちゃっかり椅子に座り、ウイスキーの瓶も持ち込んで、料理する僕の様子を肴に飲んでいた。
「白ワイン、空けて貰える?」
僕はワインオープナーも探し出して…
ワインの瓶と一緒に結城に渡した。
そして、その隙に、
トマトの皮を剥き…細かく刻んだ。
「あれっ?」
ふと振り向くと結城は、未開封の瓶を前に…
ワインオープナーをガチャガチャさせながら悩んでいた。
「これ、どうやって使うんだ?」
あーーそうだった。
この人、使えない人だった…
「しょうがないなー」
僕は、彼の手からオープナーを取り、
目の前でワインの栓を抜いてみせた。
ポンッ
「おおーすごいなお前、ソムリエみたいだ」
いや、普通は家で自分で開けますから…
使えない結城はほっといて、
僕はその開けた白ワインを、少しだけフライパンに入れた。それから切ったトマトと、固形スープも入れて、蓋をした。
それから、今度は浅めのフライパンを選んで火にかけ、オリーブオイルを入れた。
そこへ、味付きの魚…カジキのバジル漬けを並べた。
ジュ〜っと、良い音が響いた。
ほどなくして裏返し、また白ワインを少し入れて、
こちらも蓋をして、弱火にした。
その隙に、皿の準備…。
また戸棚をバタバタ開けて、平な大きい皿と小さい皿、あと少し深みのあるスープ皿とを選んだ。
大きい皿の方には、水にさらしてあったきゅうりとトマトを、スライスして上半分に盛り付けた。
小さい皿には、バケットを厚めに切って並べた。
バケットもスッと切れる、良い包丁だ。
そうこうしているうちに、魚も焼き上がり…
ラタトゥイユの方も、いい感じに煮上がった。
魚は大きい皿の下半分に盛りつける。
ラタトゥイユもスープ皿に盛りつけた。
「はい、できたよー」
ずっと見学していた、ほろ酔いの結城が呟いた。
「…そういうプレイもありだな…」
えっ?!何それ…
ともだちにシェアしよう!